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メリーゴーランド
「飢えの祭」は1872年8月の作品とされ、後期韻文詩編の「我慢の祭」、「渇きの喜劇」の流れに続く詩と考えられますが、5、6月に書かれた作品と異なり、シリーズになっていません。ヴェルレーヌが1872年8月に書いた「回転木馬(メリーゴーラウンド)」という詩があり、関連性が指摘されています。私は、この詩は、ヴェルレーヌの「回転木馬」に触発されてランボーが書いた、今でいうレスポエムなのではないかと考えています。ヴェルレーヌの描いた回転木馬に対して、ランボーは「飢えの回転木馬」を詩にしたと思います。文字通り「お腹が空いて目がまわる」という詩です。この詩は、後に改編されて「地獄での一季節」の「錯乱U 言葉の錬金術」に引用されます。
1872年8月、ランボーは、マチルドと別れたヴェルレーヌとともにベルギーのブリュッセルに滞在していました。ふたりの詩人にとって、パリから逃避し、しばしの自由を楽しむことが出来た時だと思われます。この詩には、「我慢の祭」の緊張感も、「渇きの喜劇」の自嘲もありません。むしろ、お祭の多いベルギーで自由を楽しんでいる雰囲気が見受けられます。
この詩では木馬が、ランボーお気に入りの欲望が強く間抜けなロバとなってしまいました。アヌ(アンヌ)は女性の名前です。シャルル・ペローの「青髭」に出てくる「妹アンヌ」から(ブリュネル)、歌のリフレイン(リトルネロ)から(ジャンコラ)などと解説されていますが、「ロバ(
ane アヌ)」と音を合わせて遊んでいます。「土 terre と石」は、土が単数、石が複数であり、地面をイメージしたのでしょう。意味から「畑
Terres 」と訳した言葉は「土 terre 」と同じですが、大文字で複数形であり、6節目の畑の描写に対応させた言葉遊びなのでしょう。「ディン
Dinn 」は、鐘やベルの「リン Ding 」と、食事をする diner という動詞と音を合わせています。空腹の子供が食器を叩いているような印象です。空きっ腹で乗ったメリーゴーランドに悪酔いしたような詩です。この詩に出てくるさまざまな音は、メリーゴーランドの音と周りの音でしょう。メリーゴーランドの動物は「音の牧場
pre des sons 」に住んでいます。昼顔は、私の調べた範囲では抗抑鬱作用はありませんでした。抗抑鬱作用で知られているハーブは、「錯乱のU 言葉の錬金術」に出てくるボリジです。ランボーが音のイメージ等を重視して、たとえば「涙」の里芋(タロイモ)
colocase のように、選んだのではないかと考えています。音の牧場 Le pre des sons と、昼顔の Des liserons
です。ボリジと同様、見者の錯乱の陽気に高揚した気分を示したのでしょう。「引き出せ」としたのは、昼顔がつる性のことからだと思います。昼顔には、東洋医学では利尿、糖尿病の薬効が認められています。当時のフランスではどのような植物として受取られていたのか不明ですが、現在のフランス語ウィキペディアには、昼顔
liseron の属する Convolvulus は、つるが巻きついた植物の生育を抑制する雑草と書かれています。
自由でも、空腹では目がまわる、産業革命以降の近代詩人は空気と石と土と鉄を食べれば良いのか。いや、ぐるぐるまわっているうちに(幻覚で?)畑には芽が出てきたぞ、摘み残された果物やチビたサラダ菜やスミレを食べよう。「マーシュ」は(ランボーは
doucette という言葉を使っていますが)、「野ヂシャ」とも呼ばれる、若い芽を食べる小ぶりのサラダ菜で、ベルギー産のものが今でも輸入されています。しっとりと油っぽい味がします。詩人は何でも食べるんだ、飢えはロバに乗って行ってしまえ、という意味のどこか悲しくおどけた詩です。
訳注1) ジャンコラ編テクスチュエル版のテキスト。メッサン刊の元となった複写原稿には、1872年8月の日付があります。
訳注2) 原稿では下線が引かれています。
訳注3) 原詩 Terres は、ブリュネル編ポショテク版では小文字になっています。さらに、「石炭 les charbons
」を訂正したという注があります。
訳注4) 原詩では2節3行目末にくる部分です。ジャンコラ編テクスチュエル版では「私は食べる je pais 」を訂正したと注にありますが、ブリュネル編ポショテク版では「私は食べる
je pais 」となっており、逆に「食べよう Mangeons 」を訂正したという注が付いています。
訳注5) 原稿には、最初「それから、目立たないがよく響く毒を(食べよう)」と書かれ、上に線を引いて訂正してあります。
解読・訳注掲載:2003年5月18日、2006年5月20日解説更新
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