

人形・写真:Doll Space Remi、CG:Kunio/eyedia.com
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思い出 1 透き通った水の流れ、子供の頃の涙の塩ような、 はしゃぎ回る天使たち。 ―
違う…。暗く、重く、特に爽やかな 2 ああ、濡れた石床は透き通る泡を敷き詰める! つかの間の真昼に、そのどんよりとした鏡の水面から、 3 マダムは農作業の屑が雪のように舞い落ちる隣の草地に、 赤いモロッコ革の本を! ああ、「あの人」は、 4 清らかな草のたくましく若い腕への断ち切れぬ思いよ! 彼女は今は砦の下で泣けば(訳注3)いいのだ! 5 どんよりした水の目の玩具、おお、動かぬ小舟! ああ! 翼がゆり落とす柳の花粉! 翻訳掲載:2001年3月5日、2006年3月31日更新 |
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川と太陽 「思い出」あるいは「記憶」というタイトルのこの詩は、ランボーの幼年期から少年期の記憶の中の情景を描いた詩です。タイトルの訳に悩みましたが、第3節の母ヴィタリーの姿、そして兄とともに本を読んでいるランボーの姿が生きいきと描かれているので、「思い出」としました。しかし、他の節は記憶の中の象徴的なイメージのように見えます。12音綴の韻文詩で難しい表現の部分もあり、始めは意訳を試みましたが、改めて、より原詩に近い直訳に直しました。この川(水)の流れ、あるいは水面に喩えられる女性と、太陽に喩えられる男性とに表わされている象徴性は、同じ後期韻文詩編の「永遠」などと共通していると思われます。この詩では、具体的には、ランボーの母ヴィタリーと、去っていった軍人の父フレデリックのことなのでしょう。最後の第5節では母の情念という水面に漂うランボー自身の姿を小舟に喩えています。この思い出の小舟は「酔いどれ船」(初期詩編)となり大河を下りイマジネーションの大海原を航海する訳ですが、「酔いどれ船」の最後でも少年の遊ぶ「5月の蝶のようにか弱い舟」の思い出に戻っていきます。
第5節の「小舟」は、「酔いどれ船」の最後で少年が遊ぶ舟と、同じ舟なのでしょうか。パリの写真家アジェの作品に「リュクサンブール公園の船貸家(1899年)」があります。当時のブルジョワの子供たちが公園の池で遊んだ立派な模型の帆船です。今でも、この模型船(有料)はあるようです。幼いランボーがムーズ川で、同様の模型の船で遊んだとは考え難いです。それは立派な玩具ではなく、紙や草の舟だったのかも知れません。この舟は、川岸のややよどんだ水の流れの小さな渦に巻き込まれてしまってゆっくりと回って、流れに咲く花にも岸辺の花にも近づくことができません。友人ドラエーは、少年ランボーが兄のフレデリックと一緒にムーズ川の河岸に鎖で繋がれていたボート(ジャンコラは「ヴィタリー・ランボー」(注)の中で「隣人のなめし革職人の小舟」と書いている)に乗って遊んでいたことを回想しています。鎖を引きずり進まない小舟は、このボート遊びの「思い出」も反映しているようにも思えます。おそらく、「水の目」は川の流れの渦であり、同時に幼いランボーを監視する母親(マダム)の眼も暗示していると思われます。1872年5月、ランボーは再びパリに出てきて、この「思い出」などの後期韻文詩編を書きますが、その前はヴェルレーヌと別れてシャルルヴィルの実家に戻っていました。母親の「水の目」の監視から自由になれない己の姿は、「黄金時代」ではパロディーとして描かれています。なお、「地獄での一季節」の「錯乱 U 言葉の錬金術」の草稿には、「黄金時代」と「思い出」の引用指示が書込まれていましたが、決定稿では引用されませんでした。ジャンコラが「ヴィタリー・ランボー」で書いたように、母と子の関係が少なからず変化したことの反映なのでしょうか、あるいは、印刷代を負担してもらう母への妥協があったのでしょうか。「地獄での一季節」には、ランボーと母の確執のテーマは書かれていません。「地獄の夜」に両親としてわずかに出てくるだけです。 訳注1)
行末に「;」があるテキストもあります。その場合、この部分は前文に掛かります。草稿の写真版(テクスチュエル)で調べてみましたが、行末ぎりぎりで切れているため断定はできませんが、「;」は書かれていません。 解読掲載:2001年3月5日、7月30日、2003年10月26日、2006年3月31日、6月29日、 |
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