2008年8月31日(日)更新

フランスの詩人 Arthur Rimbaud (アルチュール・ランボー)の詩を
門司邦雄が翻訳・解読しているサイトです。
「イリュミナスィオン」は、全詩の翻訳・解読を掲載予定です。

このサイトは、アートサイト eyedia.com により制作・運営されています。
サイトデザイン:ichico / eyedia.com 、原詩解読参加:Satoko (Aube)


更新履歴

8月31日:地獄での一季節、永別、のフランス語朗読追加

8月24日:イリュミナスィオン、大洪水の後、の解説更新

8月14日:イリュミナスィオンに、フェアリー、の翻訳と解読をアップ

Nothing is ever the same as they said it was.
It's what I've never seen before that I recognize.
- Dian Arbus, "Five Photographs by Dian Arbus," Art Forum, May 1971


ぼくが、今でもランボーを読んでいるのは、
彼の詩が映像へ戻る入口だったから。
だれの言葉か思い出せないが、
「見ることに喜びがある」と。
その後、アーバスの言葉に、
精密に対象を観察すると、
それはファンタスティックになる、
という意味を見つけたとき。
言葉ひとつひとつを裏返して、
他者が生きたその時を垣間見ることができるとしたら、
それは、不毛な思想を越えた、
共有可能なデータになるだろう。
多くの研究者がランボーの詩の裏づけを求めてきたのは、
さらに今でも、その仕事が継続されているのは、
そのためではないだろうか。
2003年10月


注:
・ダイアン・アーバス(1923-1971)
 フリークスの写真で有名なアメリカの女性写真家
・1999年、ブリュネル編の全作品集、
 2000年、ジャンコラ編の作品集が発行されている

イリュミナスィオン

ランボーが思想的に与えたインパクトは、果たして何だったのだろう。
それは、言葉の否定だったと思う。
「神は言われた。「光あれ。」 こうして、光があった。」(共同訳聖書)
という聖書の言葉にあるように、
言葉は神であり、神の言葉から地上の全てのものが作られた。
だから、未来の五感すべての体験を詩的言語で現実世界にもたらせば、
神のように、詩で現実の社会を変革することができる。
だが、見者の実践は、現実の挫折だけをもたらした。
その詳細なリポートを作成し、さらに言葉の構築物を完成させ、放棄する。
ランボーは、ボードレールのように神に反抗しても言葉と美を信じることも、
マラルメのように神を信じなくとも言葉と美を信じることも、
放棄してしまう。
「徹底的に現代的でなければならない。賛美歌はない。」
神の放棄は、言葉の放棄でなくてはならない。
言葉の放棄は、神の放棄でなくてはならない。
「おれには「ひとつの魂とひとつの肉体の中に真実を所有すること」が許されるだろう。」
ランボーのモデルニテ(現代性)は、ここにあると思う。
だが、イリュミナスィオンは、モデルニテの結果ではなく行程であり、
彼を取巻く万象を反射しながら収束した「版画集」と見える。

2006年6月29日


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