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ランボー appendix

ランボー広場 - Place de Rimbaud

ランボー イリュミナスィオンに寄せられた
メールと返信のご紹介

● ランボーBBSに参加の酩酊さんから、
  「醉ひどれの舟 Le Bateau ivre 」の日本初訳の紹介が
  ありましたので、ここに紹介します。

 1914年(大正3年)ランボー没後23年にして極東の一青年により「酔いどれ船」は日本語に翻訳されました。
 東雲堂書店版『詩集 果樹園』1914-12-20刊 柳澤健(1889―1953)訳「醉ひどれの舟」 自序に言う。「この詩集に輯めたものは、著者が高等學校時代の終りから現在に到るまでほぼ四個年にわたる製作である。」と。しかして、この若き日の自作詩集の巻末に唯一の訳詩として「醉ひどれの舟」を収めた思いを「なほ、巻末に載せた譯詩『醉ひどれの舟』は、佛蘭西詩壇の鬼才アルテユウル、ラムボオが十九歳の折の製作で、彼れの全作品を通じての最大傑作である。この譯詩をここに掲載した理由は、一にこの詩が自分に嘗てない深い感動驚異であつたのと、一には永くかかつて譯し終へた自分の勞力を尠くとも自分だけで紀念して置きたく思うたためにほかならない。」と述べて自序を結んでいる。 長い間、本邦初訳の栄光は上田敏であると思っていたが、生前にその意志を明確に述べて、公刊したのは柳澤健であったのだ。柳澤健は「詩人。福島県生まれ。東大仏法科卒。在学中に三木露風を中心とする「未来」に参加、詩集『果樹園』(大三刊)を出版。次いで日夏耿之介、西條八十らと「詩人」を、北村初雄らと「詩王」を出す。露風、フォール、レニエ、サマンらに学び、明るい詩風である。著書に初雄、熊田精華との共詩集『海港』(大七刊)、訳詩『現代仏蘭西詩集』(大一〇刊)、『柳澤健詩集』(大一一刊)、『現代の詩及び詩人』(大九刊)、『南欧遊記』(大一二刊)その他がある。ながく外交官の職にあり海外各地に赴任した。」(「新潮日本文学辞典」より)。
 本邦四番目の訳者新庄和一は前述の詩誌「未来」の同人であったし、西條八十もそこにいた。また八番目の金子光晴と柳澤健も親しい交流があることを知れば、ランボーは当時の青年たちをもおおいに刺激したことが偲ばれる。彼等は共にランボーを日本語に訳すという真摯な作業を通じてランボーと格闘し、新しい表現を獲得していった。
 柳澤健の訳詩は次のようなものだ。(諸研究の進んだ今日から見れば少なからぬ誤訳も指摘されようが、全体的にすぐれた訳業である)。(2004年、meitei38)


アルテユウル・ラムボオ著、柳澤健訳

    醉ひどれの舟

浩蕩たる『大河』をば自分が下つた時、もはや船
曳者(ふなひき)に嚮導して貰へないことが、自分に判つた。喧
轟せる赤銅土人の群が、船曳者をば捉へて裸にし、
色彩(いろど)つた柱に釘付けて射標となした。

普羅曼麥(フラマンむぎ)と英吉利斯綿(イギリスわた)との所持者たる自分は、全
ての船員について、無頓着であつた。自分の船曳
者(ふなひき)についての騒擾が静まつて、『大河』は自分の望
むでる所へこの身躰を運んで行つた。

あくる冬、海洋の激亂のなかへと、小兒の頭蓋よ
りもはるか重い自分の身體は走り入つた!海に突
き出た『半島』は、かかる烈しき凱歌の叫聲をば、
かつて享けとつたこともなかつた。

嵐は、わが海上の警戒をば役立たせた。自分は、
浮子よりも軽く、かの『犠牲の永久なる漂泊者』
と人々が稱(よ)べる波浪の上にて舞踏した。眼が巨燈
さへも見え難いもでにさせたのもくや悔まずに、十夜
の間、舞踏しつづけた。

小兒にとりて辛酸なる林檎の肉よりも更に柔らか
なる青い水は、わが樅製の船體にし滲み入り、緑(みどり)な
る酒とその噴出とは、斑點を自分につけ、梶と小
錨とを散亂せしめた。

さてその時よりぞ、自分は、星辰の入り亂れたる
海洋の詩(ポエーム)のなかに水浴(みづあ)みることとなつた。むさぼ貪り吸
ふところのものは、緑色なる蒼穹、その蒼白くし
て昏迷せる蕩揺のなかに、思ひ悩める溺死人は屡
々ふ降りくだる。

その緑なる蒼穹は、瞬時にして、白昼の紅輝のも
とに狂亂と静かなる韻律とに染められ、亜兒箇爾(アルコホル)
よりも強くリイル神琴よりも擴がりて、戀のにが苦い褐色を
ば湧き立たせる。

自分は、光に裂けた空、龍巻、反瀾、水流を知る
薄暮と、處女の群のごとく熱したる曙とを知る。
そして、人々が見たと信じてゐる一切のものをば
屡々見た。

自分は、神秘なる恐怖に汚されたる低い太陽が
長い菫色(すみれいろ)の凝結を放射してゐるのを見た。
極く古代の芝居の俳優どものやうに、波浪が遠方
でその兜頂の大總(おほふさ)の戦慄を轉(ころ)がしてゐる。

自分は、物静かに海洋の眼へとのぼりくる接吻、
恍として雪ふる青き夜を夢みた。異常なる液力の
循環と歌唄ひなる燐光の黄色と青色の警戒を夢みた。

自分は、まるで一箇月といふもの、非斯的里(ヒステリ)な牡
牛のごとく、暗礁へと侵襲する油浪(あぶらなみ)の後(しりへ)についた。
Maries(マリイ) のまばゆき御足(みあし)が、この醜悪人をば、腫(は)れ
あがつた『大洋』に追ひやり得ることを考へる
ことなく。

ああ、自分は衝突させてしまつた。海洋の水平線
の下、蒼海色の畜群のなかに於て、豹の眼の花が
手綱(たづな)のやうにはり伸べた虹の男の皮膚に交り合つ
てる奇異な Florides(フロオリド)。

自分は巨大の陥穽なる沼澤が醗酵するのを見た。
そこなる葦の間には、あらゆる怪獣(レヰアタン)が腐(くさ)りつくし
てゐる。怖ろしげなるなぎ凪のなかの水の頽廃、水の
崩落する深淵の方角なる遠方に於て。

堆氷、銀の太陽、螺鈿(らてん)の波、木炭の空、暗褐色の
崖の底なるいま忌はしい座州を見た。その崖には、鼠
姑(とこむし)を貪つてゐる巨蛇が、捩(よぢ)れた樹木から黒い
匂ひと倶に堕(お)ちくる。

自分は、子供に、緑色の波の間のを扁魚(さがみうを)をば見せて
やりたいと思つた。その魚は、黄金(きん)の魚、唄ふ魚。
花の飛沫(しぶき)が自分の漂へる舟をきよくしてくれ、口
に述べがたい風がやがて自分に羽翼を附けてくれ
た。

折々、地極と地帯との疲れし殉死者なる海洋は、
その啜り泣きにより、わが舟の動揺を軟らかなら
しめ、自分の方に向つて黄色の吸角をもつた陰影
の花をばさしあ挙ぐる、自分は足危いてゐる女のやう
に残されてゐる。

半島は、わが船側にむかつて、明暗色の眼を持ち
妄りに號呼する鳥群の争闘と排泄物とを打ちつけ
る。溺死人が遠かつて眠りに入らむものとわが脆
い鎖を傳はつて降りて行つたのちになつて、
自分は船を走らせた。

しかして、鳥も無き雰囲氣のなかへと颶風により
て投げいだされ、小湾の毛髪の下に失はれし船―
自分。わが Monitors(モニトオル)と Hanses(アンス)の帆船とは、水中より
酔ひどれし船骨をば拾ひあげやうともしてゐない。

菫色(すみれいろ)の霧より、放れた、躍起し、上騰して、自分
はよ良き詩人のために精美なる糖果ともいふべき、
太陽の苔蘚と碧涙をば保てる壁のごとく眞
紅なる空に、穽亜を穽つた。

『七月』が、熱き漏斗のごとき海上の空をば、大杖を
もつて崩したとき、自分は、黒色の海馬の群に護
衛せられてゐる狂亂の盤面、電氣體の星辰の染め
られて走つた。

自分は、Behemots (ベエモオ)と厚き Maestoroms(メエストロホム)の春情期を、遥(はる)か
遠くより歎き悲しみて、戦慄する。緑なる不動(イムモビリテ)を
とこしへ永久に糸紡(つむ)ぐ自分は、古き胸壁を有する欧羅巴(ヨオロツパ)を
ば悔(いた)む。

自分は、星の群島と、狂亂せる空が漕手の上に擴
がれるところの小島とを、見た。黄金の鳥の幾萬
の群よ。未來の意力よ。汝が、眠り且つさすらへ
るは、奥底も知らぬこの夜に於てなるか。

さはれ、げに、自分は余り涙を落しすぎた。曙は
痛苦してゐる。全ての月は酷に、全ての太陽は、
辛い。苦(にが)い戀は、昏亂せる麻痺をもて自分を膨ら
ます。ああ、わが龍骨は爆発し、ああ、われは海
洋に突き入る!

自分にして、若し欧羅巴(ヨオロツパ)の水を望むとせよ。そは
黒くして冷たき溜(たま)り水、それには匂(にほ)やかな薄明に
向ひ悲哀に充ちて蹲(うづく)まれる小兒が、五月の蝶々の
やうに脆い船をば放つ。

ああ、怒涛よ。汝の苦悩に水浴(みづあ)みて、自分はもは
や綿を所持せる者等よりその航路をば奪ふ能はず。
旌旗と火焔との嬌慢をば阻(はば)む能はず。はた、銅葉
船の畏ろしき眼の下にありて泳ぐ能はず。

             ―大正二年十二月譯―

東雲堂書店版『詩集 果樹園』1914-12-20
注) 原文のルビは、括弧()で表記しました。
  なお、この翻訳の特色のひとつは原詩の行変えには従っておらず、
  全ての詩行を散文詩のように表記しているので原本の表記に忠実に従いました。


● フランス近代詩の日本への紹介

日本でのフランス近代詩の紹介時期の質問がありました。
一般的な質問ですので、BBSに書き込んだものを再度掲載します。
(BBS掲載:2003年9月)

大学内部での授業とかのレベルでは、解らないのですが、
書物としては、やはり「海潮音」ではないかと思うのですが。
もっと早い時期の紹介をご存知の方がおりましたら、
メールででも、お知らせいただけるとありがたいです。

「海潮音」は上田敏氏(明治7年-大正5年)の翻訳で、
高踏派、象徴派などの詩が集められています。
フランスの他、ドイツ、イギリス、イタリアの詩も含まれます。
明治38年の出版ですが、その後の復刻版を図書館にありました。
ヴェルレーヌの「落葉(秋の歌)Chanson d'automne 」、
「秋の日の/ヴィオロン…」や、ブッセの「山のあなた」が有名です。

「海潮音」に、ランボーの詩が含まれているかとの質問がありました。
含まれていないことと、遺稿に「酔ひどれ船」があったことを覚えていましたが、
あやふやなので、「上田敏全訳詩集」で調べてみました。
(山内義雄・矢野峰人編/岩波クラシックス/岩波書店/1983年発行)
この本によると、やはりランボー(ランボオ)の翻訳は、
「海潮音」には含まれないで、
「虱(シラミ)とるひと Les Chercheuses de poux 」
明治42年、「女子文壇」の発表
「酔ひどれ船 Le Bateau ivre 」
未定稿として、没後に発見され、玄分社版「上田敏詩集」に収録
日本での「酔ひどれ船」はじめての紹介と、上の本の後書にありました。


● ランボーの翻訳出版物

「マラルメ」トピで、ランボーの詩の翻訳書籍と、ランボー詩に方言などが使われているか等の問い合わせがありました。そのときのレスを参考のために転載します。(2003年10月)

私も、現在、販売されているランボーの翻訳に関しては詳しくありません。絶版なども多いそうです。図書館、古本屋、インターネット(アマゾンなどの書店や、古書を扱っている書店のサイト)で調べるのが良いと思います。)翻訳には、翻訳家の個性とともに、その時代の思想が紛れ込んでしまいます。また、解りやすい翻訳というのも、詩の中に何を見出すか、見出そうとしているかで、変わってくるでしょうし、解りやすい翻訳が、感動的な翻訳であるともいえないでしょう。私自身は、出来る限り翻訳者が見えない翻訳を目指しいています。

古典的な翻訳としては、
上田敏:上田敏全訳詩集(岩波書店)
中原中也:中原中也全集(角川書店)の第5巻
小林秀雄:小林秀雄全集の復刻版が新潮社から出ています。
文庫本の「地獄の季節」には、「飾畫」(イリュミナシオン)も載っています。
堀口大學:新潮文庫
金子光晴も特徴のある柔らかい訳をしていました。これも、古典に入るでしょうね。
また、永井荷風の珊瑚集には「センセーション(サンサシオン)」の「そぞろあるき」というタイトルでの翻訳が1点のみ収められていますが、多くのファンを持つ翻訳です。

全集としては、
人文書院の「ランボー全集」。鈴木信太郎、平井啓之他訳で、一人の翻訳ではないですが、詳しい注と手紙など、資料も充実しています。

より新しい翻訳としては、清岡卓行、粟津則夫、篠沢秀夫(地獄での一季節)、鈴村和成(イリュミナシオン)など、多数の方が訳されています。篠原義近の解読つきの翻訳もあります。
宇佐美斉の全詩集がちくま文庫になっており、手に入りやすいです。注解も比較的新しいと思います。

この他、文学全集、アンソロジーとしてまとめられた詩集の中の翻訳など、さまざまな翻訳があります。また、伝記や研究書もたくさん出ていますが、長くなるので割愛します。

たとえば、堀口大學氏の訳は、意訳が多くユニークだと思います。私にはある程度以上解らないのですが、古い仏和辞書は、当然、英和よりも語彙が少なく、翻訳には、かなりの苦労を要したと思われます。日本でのフランス、フランス文学に対する理解も一般的ではなかったので、かなり意訳しているところもあります。例えば、有名な O saisons, o chateaux (アクサン省略)を、直訳すれば、「おお、季節(複数)、おお、城館(複数)」となるでしょう。chateaux は、最近修復が決まったヴェルサイユ殿もシャトーですから、いわゆるドイツに多い山城や、日本の天守閣のある城のイメージではないでしょう。堀口氏は、「おお、歳月よ、あこがれよ、」と訳しています。今では、セゾンもシャトーもカタカナでも通じますが、当時、煩雑な注を付けるよりも、この方が読者に伝わると思ったのでしょう。ですから、新しい翻訳と対比して読んでみるのもおもしろいかも知れません。また、このシャトーはシャルルヴィルの売春街の通りの名前という説もあります。確かにシャトー風のラブホは今の日本にもたくさんあります。こういう説を、全く下らないと取り下げるのも、ランボーの手紙などから考えると、決め付けすぎかも知れません。もっとも、私は当時の地図も写真も見たことが無いのですが。

フランス語の原詩を読む方が、作者の書くリズムが感じられるとは思います。また、韻文詩の場合は特に、音読した方が解りやすいと思います。ただ、語彙については、既に古典なのでかなり難しいです。(書く)フランス語は日本語よりも、近年の変化は少ないようですが、それでも、ある程度は変わっているようです。また、シャルルヴィルの方言というより、アルデンヌ地方固有の名詞、言い伝え、なども含まれています。全集などには、細かい注が付いていると思います。ランボーの造語や引用などは、フランス語の全集にも注が付いています。ただ、書き言葉の方が、会話よりも方言は少ないと思います。ランボーがヴェルレーヌの招きでパリに出たときは、方言があったようですが、しばらく後には目立たなくなったそうです。ロマン派や高踏派の影響、つまりランボーが盗んできた?表現も、あまりにも元々の詩が多くて、専門の研究者でないと解りません。これも、全集の注にかなり詳しくあると思います。ただ、日本語の翻訳を読む場合、詩の理解に繋がらないことも多く、省略されている場合もあります。
宗教的な引用についてですが、やはり聖書、旧約聖書の創世記とか、伝道者の書など、新約聖書では、ヨハネの黙示録などから引かれている言葉が多いようです。もし、フランス語が読めるのでしたら、詳しい注( Note )の付いている全集を読まれると良いと思います。

ランボーの読みで問題になることは、ラコストの筆跡鑑定により、「イリュミナスィオン」が、1874年の清書だと判明したことでしょう。それまでは、文字通り「地獄での一季節(地獄の季節)」の「永別(別れ)」で、ランボーが絶筆したと考えられていました。たとえば、小林秀雄氏の翻訳の場合には、始めに「地獄の季節」を翻訳したときには、
まだ、これが最後の詩と考えられていました。古典的な翻訳を読む場合、使用したテキストや、伝記的背景が、少し異なる場合もあります。


● 小林秀雄のランボーの翻訳・評論に関する問合わせへの返信
  (2002年10月掲載)

<TYさんからの質問>
「地獄の季節」 小林秀雄訳 岩波クラシックから出ているのですが
ご存知でしょうか?

<返信>
小林秀雄氏翻訳の「地獄の季節」は、現在でも「岩波文庫」に収録されています。1957年に一部改訳されたものです。一般の書店で手に入ると思います。岩波クラシックは、現在でも発行されているのか分かりません。岩波モダンクラシックというシリーズはありますが。
私が知っている範囲での最良の本としては、新潮社の小林秀雄全集の第二巻「ランボオ・Xへの手紙」です。この本には、氏の韻文詩の翻訳も評論もまとめられています。初版が昭和53年で、現在でも発行されているかは分かりません。
追記:2002年に新潮社版・小林秀雄全作品2・ランボー詩集(1,600円)として、発行されています。


● ランボーと父親
  オーブ(aube)さんからのメールと返信
  (2003年2月掲載)

<オーブさんからのメール>
私はパリに住んでいまして、1か月ほど前にフランスのウェッブサイト、アマゾンでランボーの伝記と詩集(解説つき)を購入しました。
RIMBAUD Claude Jeancolas
Rimbeaud l'oeuvre commentee par Claude Jeancolas の2冊です。

伝記のほうはかなり分厚くそれに当たり前なのですがフランス語なので読むのにかなり時間がかかってなかなか前に進めません。でもかなり詳しく書かれてあり、筆者のランボーに対する情熱が感じられる一冊です。

伝記と平行して詩の解説を読んでいくうちに特に興味深い発見がありました。
ランボーの父親とランボーの関係についてです。
イリュミナシオンの中の詩ではありませんが、Les Rembembrances du vieillard idiot
の中で " Mon pere/ O cette enfance! ...- et tirons-nous la queue !"
とういう表現がありますが、解説者のJeancolas は「父親との距離、父親の体を恋しく思う気持ち、またはその不在を乱暴に表現した、とコメントしています。そして、伝記のほうでは男の子の場合、二歳までに父親と正常な身体的なふれあいに欠けると社会に適応できなかったり、自分自身のつりあいの取れたモラルを見つけられなかったり、セクシャリィティに影響がでたりする傾向があると指摘しています。
これがすべてではないと思いますが、後のランボーの生き方、彼の書いた詩にいくらか影響していることを知り、驚きました。
厳しかった母親との確執、彼女がランボーに与えた影響などはいろいろな本でも良く語られているし、ランボー自身も詩の中で時々書いていますよね、でも父親のことはあまり多く語られていないので、彼がランボーに与えた影響を初めて発見しました。(放浪癖だけではなかったんですね・・)
それと同時に、ランボーほどの天才もただ純粋に両親との(特に父親との)温かいかいふれあいを求めていたんだな~と思うと少し切ない気持ちになりました。

ランボーの詩は自伝的なものが多いですが(解説がなければかなりわかりにくいですが)、先ほども述べたような幼年期の体験などが深く影響してるのでしょうか?
また門司さんはランボーの全体像をどのようにとらえていますか?
ランボーはいろんな顔を持っていると思うんです。
それは詩を読む人によってそれぞれ違うものだと思うので、とても不思議です。

<返信>
そうですね…、父親の影響というか、父親がいないことの影響はかなりあったと思います。おそらく、同性愛の一因ではなかったかと…。また、(手元に本がなくて思い出して書いているので不確かなのですが)妹イザベルが父のアラブ関係の文書、フランス語訳のコーランの原稿などについて書いていましたが、ランボーが影響を受けたという記述もありました。「地獄での一季節」の「言葉の錬金術」に出てくる将軍も、父の反映と見る人もいます。後期詩編の「思い出 Memoire」も不思議な詩です。
私は、ランボーは、たぶんヴェルレーヌと別れて「男」になったのではないかと考えています。「イリュミナスィオン」の「青春時代」の「普通の体格をした「男」よ、肉は果樹園に吊り下がった果実ではなかったのか」とあるように。それまでのランボーは、女性的な感性と男性的な欲情の矛盾した詩人であったように思います。もちろん、それが魅力でもあるのですが…。
「思い出」では、太陽が父、川が母、鎖を引きずる小舟がランボーです。「永遠」では、「太陽と一緒に行ってしまった海」であり、ランボーの永遠の感覚は海(mer メールは母 mere と同音)で、太陽ではありません。女性としての母は、父(太陽)が去るとともに去ってしまったのではないでしょうか。おそらく、この詩の裏にも、(失われた)幼児体験が反映しているのではないでしょうか。
同性愛も含め詩の中での性のテーマ、そしてランボーの、少なくとも詩人としての私なりの全体像も書く予定ではいるのですが、まだまだ、読んで、訳して、まとめなくてなりません。私にとってランボーを自然に受け止められる何かが、まだ、言葉にならない段階です。


● 未来さんから送られたランボーへの詩「太陽」
  2002年10月

   太陽

目をかっと開いて
ずんずん歩いていく
銃弾が皮膚を引き裂く瞬間から
その真っ赤なしぶきを
全てをみてやるんだという勢いで

目をすっと閉じて
ずんずん歩いていく
他の内なる恐怖と不安にまで入り込んで
あらゆる日常を
追い出そうとする勢いで

ひたすらひたすら歩いていく
ただただ太陽が欲しくて

そして月を威嚇する
信仰なきものが求める
かりそめの真実に耐えかねて
そして月を一笑する
かくも動じやすい聴衆のような変わり身を


● 夕ぐれのワルツ/ボードレール

 ボードレールの詩集「悪の華」の詩「HARMONIE DU SOIR(夕の諧調)」をYahoo「フランス詩」トピで翻訳しました。
みやびさんは、この詩の情感を日本語に活かすことに、私は今の言葉で分かりやすくを心がけて翻訳しました。翻訳:2003年2月

<みやびさんの翻訳>

   黄昏の諧調
       シャルル・ボードレール

いま、その時来たりて 茎の先で揺れる花々
香炉のやうに 花の香りを漂はせる。
音と香りが 黄昏の空の中で回る。
憂鬱なワルツよ、物憂げな眩暈(げんうん)だ!

香炉のやうに 花の香りを漂はせる。
ヴィオロンは震へる、傷ついた心なのか。
憂鬱なワルツよ、物憂げな眩暈だ!
空は悲壮と美に満ちて、祭壇のごとく。

ヴィオロンは震へる、傷ついた心なのか、
優しい心は、広く暗い虚無を憎む!
空は悲壮と美に満ちて、祭壇のごとく。
太陽は溺れた 凝れるその血の中。

優しい心は、広く暗い虚無を憎む、
光り輝く過去から、そのあらゆる名残を集める!
太陽は溺れた 凝れるその血の中・・・
僕の中の君の思ひ出はきらめく、聖体顕示台のやう!

 

<Parolemerde2001の翻訳>

   夕ぐれのワルツ
       シャルル・ボードレール

夕やみが訪れて、花は小枝でわなないて
かの花たちそれぞれに、香炉のように香りたち、
響きと香りが混ざり合い、夕空高くめくるめく、
さびしいワルツよ、ものうい目まいよ!

かの花たちそれぞれに、香炉のように香りたち、
傷ついた心は、バイオリンのように打ちふるえ、
さびしいワルツよ、ものうい目まいよ!、
空は悲しく美しい、ひとときだけの大祭壇のように。

傷ついた心は、バイオリンのように打ちふるえ、
優しい心は、大きく暗い虚無を憎む!
空は悲しく美しい、ひとときだけの大祭壇のように、
太陽はこごれるその血に、身を沈めた。

優しい心は、大きく暗い虚無を憎む、
輝く過去の名ごりを、ひとつ残らずかき集める!
太陽はこごれるその血に、身を沈め…
わが心の、君の思い出は、聖体の御印しのごとく輝く!

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