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ランボー appendix

ランボーBBSログ - 2006年01月08日~05月19日

■あけましておめでとうございます。
オーブ at 1/8(日) 15:40:19 No.paroparo-20060108152922

パロさん、みなさん、こんにちは。

年末のあいさつもなく今頃でてきてすみません。
実は年末、私の不注意からパソコンを壊してしまい、書き込みできませんでした
そして年末年始は実家に帰っていたので、今修理してもらっているところです。
今、私はなれないマックを使っているのですごく使いにいです。
これを機会にマックに慣れておくのもよいかもしれませんが。
私事ですみません。

それでは、2006年も皆様にとってよい年
でありますように。

そしてランボー翻訳も(ぼちぼち)すすめていきたいので、引き続きよろしくお願いします^o^/

■おめでとうございます。
Parolemerde2001 at 1/10(火) 10:42:30 No.paroparo-20060110103209

今年もよろしくお願いいたします。

オーブさん、そちらは雪はありますか。
こちらは昨夜、パラついただけでした。
「冬の祭」は、冬に書かれたのでしょうか。あるいは晩秋?
ランボーには、冬に(冬を)書いた詩は少ないですね。
シャルルヴィルはともかく、ロッシュの冬は厳しかったと思われますが。


■オーブさんのランボーサイト
Parolemerde2001 at 2/5(日) 19:32:26 No.paroparo-20060205191845

みなさん、お久し振りです。
もう2月になってしまいました。
何回も長い中断をしながら読んできたランボーです。忙しいと全く読まない日がすぐに何ヶ月にもなってしまいます。現在、もう一度翻訳を見なおしてから、イリュミナスィオンの翻訳を進めることを考えています。もうしばらくお待ちください。
サイトの更新の時と思いながら、遅れ遅れになっていたオーブさんのランボーサイトを先にここにご紹介します。(2006年10月現在、閉鎖されています。)
オーブさんの翻訳の他に、現在のシャルルヴィル、ムーズ川風景など、情感豊かな写真もたくさんあります。

■更新作業、始めました。
Parolemerde2001 at 2/28(火) 08:20:13 No.paroparo-20060228081043

まずは、お知らせです。
ついに日本でもジャンコラ氏の翻訳が出版されました。
ヴィタリー・ランボー―息子アルチュールへの愛
クロード ジャンコラ (著), 2005/12 水声社 5250円
母ヴィタリーがテーマのようです。ちょっと読んでみたいですが、高いです。

さて、このサイトのサーバを移転する予定です。
その前に、翻訳・解説の見直し作業を始めました。イリュミナスィオンの新規翻訳は少し後になります。移転に伴い、さらに読みやすいスタイルに統一したいと考えています。そのとき、このトピを継続するかどうかも、考え中です。過去ログを掲載しての管理しやすいプログへの移転なども選択肢です。ご意見、ご希望があればお寄せください。

■古池や…
Parolemerde2001 at 3/19(日) 13:18:25 No.paroparo-20060319131350

フランス詩トピで芭蕉の俳句のフランス人による翻訳(仏訳)が話題になっています。
俳句そのものについては、こちらのサイトが面白いです。
http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/haikusyu/huruike.htm

ちょっと気分転換に…

■ヴィタリー・ランボー
Parolemerde2001 at 3/30(木) 20:58:38 No.paroparo-20060330205736
みなさん、お久し振りです。
過去記事もだいぶ消えてきました。
今までの書き込みは全てとってありますので、
いずれ整理して掲載する予定でいます。
ランボーサイトのサーバを移転する予定もあり、一部の校正をしていますが、
なかなか簡単には進まないですね。

このBBSでも少し話題になりましたが、
クロード・ジャンコラ氏の「息子アルチュールへの愛 ヴィタリー・ランボー」を読み終えました。
母ヴィタリーが独自の賢さと考えを持ち、
押し殺していたにせよ、人間的な感情のある女性だったことと、
同時に、彼女の孤立と硬くなさも描かれています。

■racaille と CPE
Parolemerde2001 at 4/8(土) 23:41:46 No.paroparo-20060408231528
みなさん、こんばんは。
少し前は、インターネットでフランスのニュースビデオの racaille 暴動?を見ましたが、今はもっぱら CPE ですね。racaille 暴動はどうなったのでしょう。そして、racaille 暴動の時はEU圏で同調の動きがありましたが、CPEの時はほぼありません。アメリカでの移民のデモはどちらとも異なると考えています。
racaille とCPEで、ランボーの「悪い血筋」を思い出してしまいました。たとえば、フランスで、若年(26歳以下でしたか…忘れました)の失業率は20パーセント強ですが、イスラム教徒のそれは50パーセントとか。パレスチナに関しては、EUはアメリカに右へならいですね。背景に、EU経済がやっと上向きになってきたことと、(キリスト教による)選民意識の復活があるような気がします。
移民など rcaille を労働力として公的に受け入れることは、半官半民の多いフランスの大会社の特に若年層の就業を脅かすことが考えられ、今回の大騒ぎになったのではないかと思います。SNCFのストを見て、昔の国鉄の遵法闘争を思い出しました。
グローバリゼーション、民営化が全て良いとはいえないと思いますが、それにしても、今回のCPEはフランス的であり、ランボーの「悪い血筋」は現在の共和国について語っているところもあると再認識しました。
CPEに対するインターネットテレビの報道内容も、民放のTF1と官放のF2では違いが見られました。

■Je le regrette.
Parolemerde2001 at 4/11(火) 00:21:06 No.paroparo-20060411001231

帰ってきてFrance2を見たら、ドヴィルパンの Je le regrette. という言葉が出ていました。
CPEは、修正ではなく撤回になるようです。
その背景には、期末試験が行われなかったことも関係しているようですが、
ざっと見ただけなので、詳しくは解りません。
日本での報道にもあるように regretter は、敗北宣言でしょう…

以下は、翻訳の印象とは異なり、非敗北宣言と読んでいます。
L'automne deja! -Mais pourquoi regretter un eternel soleil,..
(Adieu / Une Saison en Enfer )

■↑訂正します。
Parolemerde2001 at 4/11(火) 11:37:25 No.paroparo-20060411113615

(どこの局か忘れましたが)ネットビデオのニューステロップと、
ルモンドの見出しが、Je le regrette となっていましたが、
また、日本のネットの報道にも敗北を認めたように書かれていました。
今、再確認しましたが、実は、説明の後に来る言葉で、全文は:
Cela n'a pas compris par tous, je le regrette.
(学生、労組、あるいは国民など)すべての者に法案の意図が理解(納得)されなかった、
私はそれを遺憾に思う。
という意味でしょう。

■Larme
Parolemerde2001 at 4/11(火) 12:15:55 No.paroparo-20060411121454

マラルメトピへの書き込みですが、ここにも掲載します。

近代のフランス詩の流れの中に、韻文詩から散文詩がありました。
それまで詩の主要な構成要素であった音韻が外されたわけです。
しかし、音の効果、つまり詩の音楽性がなくなった訳ではありません。
とはいえ、音韻重視の散文詩というものは、あまり考えられません。
音韻も重要な散文詩ということになるのでしょう。
時間がある時にもマラルメの散文詩も読んで、韻文詩と比較してみようと思っています。

さて、今、私の訳を再考中ですが、
ランボーの場合、韻文詩から散文詩への音楽性の乗り入れ?はどのような形で行われたのか、
翻訳を見直しながら考えています。
そして、マラルメがアレクサンドランのソネを詩のひとつの完成形としましたが、
ランボーは、「イリュミナスィオン」を詩のひとつの完成形としました。
しかし、言葉の流としての音楽性であれば、むしろ「地獄での一季節」の方が
「イリュミナスィオン」より感じ取れ易いかも知れません。
「イリュミナスィオン」は、詩は基本的に個々バラバラであり、
全体を通しての特定の音楽性はないと思います。
そして、「地獄での一季節」の「言葉の錬金術」で引用された詩のいくつかは、
韻文詩から散文詩への音楽性の過渡期の形態を、
「イリュミナスィオン」の自由詩形の「マリーン」などより、
はっきりと映し出していると思います。

最近、校正した「涙」についてですが、
ちょっと音綴数の数え方などにはあまり自信が無いのですが、
おそらく奇数音綴(11)の韻文詩で、完全な脚韻では無いように思えます。
さらに、oi 音、or 音が多用されています。
音読すると不思議な柔らかさが感じられるように思えます。
http://poesie.webnet.fr/poemes/France/rimbaud/24.html
Vive voix も見ましたが、掲載されていませんでした。
(フランス人の好む音楽性ではないのかも知れません。)

「…おれは子音それぞれの形と動きを調整した。さらに、本能的なリズムとともに、いつの日か、あらゆる感覚に理解できる詩的言語を発明したと自慢していた。翻訳は保留していた。
まず初めは習作だった。おれは、沈黙を、夜を書いた。表現不能のことを書き留めた。目眩を定着した。」(「錯乱Ⅱ」)
そして、少し直された「涙」の引用が続きます。
後期韻文詩編(新しい韻文詩とシャンソンと分類されているフランス語の全集もあります。)は、
韻文詩から散文詩への、特に「地獄での一季節」への「乗り入れ」であったように思われます。

なお、Poesie francaise の3月のアクセス統計では、
Le dormeur du val が堂々の2位でした。
音も受けているのでしょうか…?

■Larme (引用)の朗読
Parolemerde2001 at 4/11(火) 14:25:14 No.paroparo-20060411142427

ご参考までに、Vive Voixに掲載されたランボーの韻文詩(13編)の朗読の紹介です。
「涙 Larme」は「錯乱Ⅱ」に引用されたヴァリエーションが入っています。

Le Dormeur du val
(dit par) Paul-Emile DEIBER

Le Bateau ivre
Jean MARAIS

(Loin des oiseaux... ) variation de Larme / Alchimie du Verbe
Stephane REITMAN

Chanson de la plus haute tour
Jean MARAIS

Larmeは、「錯乱Ⅱ」に引用されたヴァリエーションがありました。
私的には、Jean MARAIS朗読のLe Bateau ivreが好きです。
この詩のクラシカルな重みを感じさせてくれるように思います。
ただ、もっと速く、もっと(音域が)高く、少年の驕りを感じさせる朗読の方が、よりリアルかも知れません。
自分のイメージした朗読テンポと朗読者によるテンポの違いがあることは、面白いです。
たとえば、(Loin des oiseaux... )は、少し速く、むしろMARAISの朗読で聞いてみたいと思いますし、
Chanson de la plus haute tourは、テンポが遅く、REITMANの朗読で聞いてみたいと思います。

みなさん、いかがでしょうか?

■Bonne pensee du matin
Parolemerde2001 at 4/13(木) 20:04:53 No.paroparo-20060413195606

みなさん、こんばんは。
地獄での一季節の校正が「錯乱Ⅱ」に来て、なかなか進みません。
引用詩の元の詩もチェックしているので仕方ないことですが…
来週は仕事が多いのでさらに進みが遅くなるかも知れません。

韻文詩を訳す場合、意味を取りやすくするか、言葉の流に元のスタイルを生かすか、
さらに、音は無理ですが、多少なりとも韻文の雰囲気を伝えられないか、
などなど、問題が多いです。

さんざん迷ったあげく、第5聯は最終行を前に移動しました。
どうも、大工さんが水浴びすると誤解されるのではないかと…
翻訳すると構文が変わるので仕方ないですね。いやはや。


■浮世絵
Parolemerde2001 at 5/1(月) 17:00:39 No.paroparo-20060501165935

暑いですね。

サーバの移転は終りましたが、私の校正は途中までで、
レイアウトを読みやすくするまでに至りません。
特に、長文の詩の注をどこに置けば読みやすくなるか、考え中です。

話は変わりますが、今、マラルメトピでガラス製造術を描いた詩を三さんが翻訳しています。
ガラスを扱った絵としては、歌麿の浮世絵があります。
こちらの方がマラルメより早いですね。
ワイングラス、櫛、ビードロ…

図書館から「歌麿の美人」と「歌麿の風流」(ともに小学館)を借りてきて見ています。
「歌麿の風流」には、花、虫、鶏、貝などが掲載されていますが、
紙を押して薄いレリーフにする手法や、滲ませる手法、まれに輪郭線のない描法などもあり、
美人画とは異なる趣が楽しめます。

さて、仕事は一段落しましたので、すこしずつ校正を再開します。


■pour+inf.
Parolemerde2001 at 5/3(水) 22:28:17 No.paroparo-20060503222748

みなさん、こんばんは。

連休はいかがお過ごしでしょうか?
私は雑用で終りそうです。

昨日、フランス人のヨアンさんと我が家?でお会いしました。
来られたのがすでに夜でしたので、それほど時間がありませんでした。
話題も写真のことが主で、おまけに私はフランス語会話は苦手なので、
日本語に英語が少し混じった会話でした。
ヨアンさんは、いわゆる文学好きではありません。
だから、逆に一般のフランス人にはどのように読めてしまうか、
特に散文詩に関してですが、知る参考になると考えています。

まず手始めに、「地獄での一季節」の序文「*****」の、
篠沢秀夫氏が結果と読んでいる pour + inf. について聞いてみました。
彼は、~するためにという(一般的な)意味に読むということでした。
例えば、私は仕事を捜すために東京に来た というふうに。

pour が結果的な意味合いとなるのは、
本来の目的の反対の結果が出てしまった場合とかの用法と考えられます。
ロワヤルには次の2例が出ています。
Il est sorti vers midi pour ne rentrer que tres tard.
Sa voiture a evite un passant pour s'enfoncer dans un arbre.
私はここでのランボーの語り口には、逆説的な意味合いは無いと読んでいます。
(文意の読み取り方では結果となるかも知れませんが、)
ここでは、目的、それも比喩的な意味合いで使われていると考えます。

■アルモリックの浜辺
Parolemerde2001 at 5/6(土) 23:15:30 No.paroparo-20060506231431

ランボーは、「地獄での一季節」で自分をゴール人(ケルト人)の末裔と語ります。
そして、ブルターニュはヨーロッパの果て、ケルトの地として語られています。

おれはアルモリックの浜辺に着いた。ああ、夕暮れに町々が灯をともす! 今日の仕事は終わりだ。おれはヨーロッパを去る。潮風がおれの肺を焼く、僻地の気候がおれを褐色になめす。泳ぐんだ、草をすりつぶすんだ、狩をするんだ、とりわけタバコを吸うんだ、煮えたぎる金属のように強い酒を飲むんだ、――ご先祖様が火の回りでしていたように。
(「悪い血筋」)
アルモリックは7世紀頃までのブルターニュの地名
…灯をともす! は、願望とも読めます。

ただし、この部分はランボーが実際に見た光景ではありません。
大英帝国への船旅とテムズ川の夕景などから想像されたものと思います。

ヤフー、エドガー・アラン・ポートピにブルターニュの紹介がありました。
ブルターニュの写真です。
http://www.tourismebretagne.com/fr/images-bretagne/index.cfm
ブルターニュ在住の市絛三紗さんのブログです。
http://bretagne.air-nifty.com/anne_de_bretagne/

■「帝政パリと詩人たち」
Parolemerde2001 at 5/14(日) 16:17:29 No.paroparo-20060514161647

ブルターニュは、(19世紀の)フランス人にとっては、まだ辺境の地であったようですね。フランク族ではなく、ゴール(ガリア、つまりケルト)の血統と自らを定義したランボーが、「酔いどれ船」に書いた「古い胸壁のあるヨーロッパ」も、ブルターニュの胸壁を連想させます。
ブルターニュはランボーの詩にも、デュカス(ロートレアモン)の詩にも出てきます。「マルドロールの歌」の第5部にはサン・マロの地名も出てきます。
出口裕弘氏の「帝政パリと詩人たち」に、このことが書いてあったことを思い出して、図書館から借りてきてパラパラと読みました。詩人たちとはボードレール、デュカス、ランボーのことです。久し振りに再読していますが、なかなか興味深いです。
「帝政パリと詩人たち」/出口裕弘著/河出書房新書/1999年
ただし、ランボーの章があとで加えられ、他2章は以前の本に手を加えたもののだそうです。個人的な体験から詩人に入り込むスタイルが多く取られています。

フランスの第2帝政(ルイ・ナポレオン)と文学の関係が書かれていて、特にデュカスの章の195から198ページの要約の記事のところは、ランボーが見者(透視者 voyant )の覚醒に至りつく時代背景の要約でもあると思います。
「言論弾圧と、植民地獲得を含む経済的成功、このきわだった二つの顔のあいだに、なおいくつか、華やかなのや、醜く歪んだのや、帝政の別種の顔があった。セーヌ県知事オスマンが強行したパリ大改造もその一つだし、万国博覧会などというのも、帝政の目立った顔の一つである。」(196ページ)

■アルモリック
Parolemerde2001 at 5/14(日) 16:37:47 No.paroparo-20060514163640

しかし、ランボーは、この詩「悪い血筋」を書く前には、海を渡ってロンドンに行きました。ブルターニュの地名はブルトンから来ています。アルモリツクとしたのは、やはり文学的効果の演出でしょうか。
マラルメは、さらに前にロンドンで生活しています。帝政パリと関係深い詩人には、マラルメとヴェルレーヌも含まれるのでしょうね。ボードレールからの流と考えると。ボードレールの流を一番受けていないのはデュカスでしょう。


■「錯乱Ⅱ」間もなく更新です。
Parolemerde2001 at 5/17(水) 01:17:58 No.paroparo-20060517011243

「地獄での一季節」の「錯乱のⅡ 言葉の錬金術」の校正がやっと終了しました。
後は、アップのみですので、17日には更新されます。
後期韻文詩編よりも詳しい注記が付いたものもありますが、
早めに元の詩の注記も更新する予定です。


■ボリジ
Parolemerde2001 at 5/19(金) 13:19:18 No.paroparo-20060519131759

おお!ボリジの好きな羽虫は、宿屋の小便壺に酔っぱらって、光にとろけた。(「錯乱Ⅱ 言葉の錬金術」)
http://www.arkfarm.co.jp/herb/herb_index/herb_borage.html

 突然のこのシーンをどう捉えれば良いのか…

 篠沢秀夫氏と宇佐見斉氏は、ボリジの利尿作用に注目しています。篠沢秀夫氏は「小便草」と訳しています。宇佐見斉氏は、ボリジの蜜を吸った羽虫が尿意を催して便所に行きアンモニア臭に酔っ払い、便所に差し込んだ日の光に溶けてしまう自虐的・諧謔的シーンと捉えています。溶けることは虫が死ぬということなのでしょうか?

 私は以下のように読んでみました。
まず、この詩の出だし部分は、自分のプロジェクトの概要説明です。そして、テストサンプルとして(「まず初めは習作だった。」)「涙」「朝の名案」が引用されます。「涙」は沈黙と夜をすぐに連想させます。では「朝の名案」は? この詩はクリアに書かれていますが、夕日の太陽が朝日だったり、つまり非現実のヴァーチャルリアリティのサンプルだったのではないかと思います。また、感傷的でも暗くも無い詩です。少なくともヴェルレーヌとふたりになり作り出した時点では、必ずしも暗く辛いだけではなかった、夕日が朝日になるかも知れないという気持ちが書かれていると読みます。
次の部分「古臭い詩法が、…」では、ランボーが詩の錯乱を通して、現実を離れ、原罪の無い、自意識の無い世界に近づいて行くことが書かれます。ここで、ランボーは「冥府の無垢をあらわす毛虫」をうらやみます。忘我の至福への希求が「最も高い塔の歌」を引用して示されます。
次の部分、ボリジが出てくる部分に続きます。ボリジはハーブとしては比較的大きく、青い少し紫がかった花をたくさんつけます。にここでは、すでにランボーは忘我の至福の入口にたっています。「毛虫」は羽化して「羽虫」になりました。羽虫が具体的にどんな虫をイメージしていたのかは、解りません。ボリジにはミツバチが群れますし、栽培植物のミツバチなどによる受粉を促すために畑の脇に植えられることもあるそうです。最近の日本ではほとんどありませんが、かっての汲み取り便所のあまり掃除されていない小便器には強い臭いがあり、疲れた時などどこか心地好い酔いを感じました。羽虫が臭いに引き寄せられることもあると思います。光の中に溶けるとは、臭いと光に陶然となって意識を失っていることなのでしょう。感覚的な陶酔への希求を書いた「飢え」と「(狼は…)」が引用されます。
ついに、陶酔の時が来ました。ボリジの花の色は、ランボーが空から引き離した青空 azur に繋がっているのかも知れません。「喜びのあまり、おれはできるかぎり、おどけて錯乱した表現を選んでいた。」、つまり、至福の時は陽気な錯乱の時でもありました。私が調べた範囲では、ボリジは「メランコリーを払う」ハーブとして、古くから広く知られていました。抗抑鬱作用です。つまり、ボリジは利尿作用よりも、陽気になる抗抑鬱作用で取り上げられたのではないかと読んでいます。そして、「永遠」が引用されます。

 この至福の頂点の後は、火花が散った後は、落下が待ち受けるだけとなります。

■ボリジの花の色と羽音
Parolemerde2001 at 5/19(金) 13:40:09 No.paroparo-20060519133346

紹介したサイトに、ボリジの花の色は土壌のpHにより変わると説明がありますね。酸性だと青色、アルカリ性だと桃色。汲み取り便所の周りは、(汚物が漏れ出していて)肥えた酸性土壌だと思います。昔ですから、戸外であったり、建物の突き出した部分であったりしたと考えれば、日当たりもありますね。青い花が一面に咲いていた情景が浮かびます。
http://www.arkfarm.co.jp/herb/herb_index/herb_borage.html

詩の構成の上では、続く「(狼は…)」の詩にスミレが出てくるので、スミレは避けたかった、音的に bourrache が、羽音を連想させるようで良かった、これだとハチ系かハエ系ですね…
と思えます。母音 Voyelle のブンブン bombinent を連想します。

●このBBSは、ここで終了します。
以後は、移転、閉鎖等の通知ですので、割愛します。

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