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ランボー エッセイ・私訳

少年時代・少女時代

 10代後半のランボーが描いた「少年時代」、そのⅠからⅣまでは、せいぜい10代前半までのことではないでしょうか。おそらく、大部分は6歳から10歳くらいの、自我が未発達、エロスも未発達、感覚的に他者と融合できる時を描いているのではないでしょうか。実際に詩を書いている時点のⅤ以外は、美しく充足した世界でもあります。そして、Ⅴの前のⅣは、少年の自我を認識する過程、自我を空想して、やがて現実に戻って行く過程を描いています。これは個人的には小学校低学年、10歳くらいまでの世界のように思えます。
 男の子と女の子では、夢想の内容は違うかも知れないけれど、「少年時代」と「少女時代」は同じ「時代」と考えて良いでしょう。フランス語の場合、一般的に「enfance」つまり「子供時代」(幼年・少年・少女時代)であって、ここには男女の区別はありません。これは、後に書く具体的な性的能力が無いからでしょうか。他の言い方としては、premiere jeunesse(初期青年期)があります。
 ランボーの「少年時代」のテーマ、つまり帰るべき至福の時は、10代のランボーにとっては、10代以前であるということでしょう。もちろん、20代を過ぎてからでも、10代の時を至福と考えて描くことも可能かも知れません。それは、作者によってさまざまと言うべきでしょう。ランボーのように10代で作品を書ききってしまうことは起こりにくいし、10代の早熟な作品が、意思的に構成されることは稀だとは言えるでしょう。少年時代のテーマを20代以降にに持ち越して作品化し続ける、あるいは、作品にならずに消えてしまうことの方がはるかに多いように思います。
 人間の成長、意識の発達ということから捉えると、20歳までが、一番変化に富んだ時期でしょう。10代までは、自我も性も曖昧な世界に揺すられながら成長していきます。もちろん、ここにもさまざまな体験があるでしょう。10代は、社会的自我と性的自我が作られる時だと思います。10代以前にも自我意識もエロスもあります。しかし、社会的自我も性的自我も、具体的には実現できません。たとえば男性の自慰行為(マスターベーション)も、具体的な射精を伴うのは11歳くらいからです。また、女性の初潮もこの頃からです。10代は、一般的には前半が「見習い」の時代であり、後半が「実現」の時代だと思います。たとえば江戸時代とか、社会教育が今のように長くない時代は10代後半が、大人の仲間入りをする年齢でした。女性の方が一般に成長が早く、この年齢で嫁ぎ、子を産むことも多かったとされています。20歳はすでに「年増(としま)」と呼ばれました。女性の成熟の方が早いと言われますが、本来の性の違いから来るのものと、社会的役割分担から来るものの割合は分かりません。江戸時代の16歳の元服が現代の20歳の成人式になりました。ランボーが「見者の手紙」を書いた時が、元服に当たるということも、おもしろいことです。近代社会は均質なホワイトカラーの労働力を得るために、長期間の社会教育と年齢的横並びを必要としてきました。少年時代と青年時代を学習の時代と捉えると、徒弟制度や寺子屋から学校になったように、現在は学校よりもメディアやインターネットで多くのことを学習できます。コンピュータの発達により、熟達を必要とした複雑な事務作業も、簡易化されつつあります。これからも、少年時代と青年時代は変わり続けるでしょう。
 少し前に、海外のニュースで、日本はネット上のロリータポルノの世界的供給地であるという記事を読みました。また、同じ文化圏である東アジア諸国よりも、同一労働に対する男女の賃金格差が大きい、その結果として女性の結婚願望の強いという調査結果も目にしたことがあります。日本は、島国や鎖国の歴史もあり、工業化・国際化した今日でも、文化的特殊性も多く残っていると思われます。「少年時代(少女時代)」あるいは「青年時代」の現代日本的あり方はどんなものなのでしょうか。
 いわゆる「少年時代」は、地方を除いてはほとんどなくなってしまったのではないでしょうか。特に都会では、遊び場も少なく、遊んでいる子供もあまり見かけません。日常に未知の冒険が入り込む場所は、今ではゲームやアニメの世界がほとんどで、原っぱや空地では無くなってしまいました。また、少子化により、特に母親と男の子の共有する時間が増えた反面、子供同士で過ごす時間が少なくなったと言えるでしょう。それとともに、「少年時代」は変質してしまったように見えます。たとえば、人形には、男の子の人形は、女の子の人形よりずっと少ないです。少年時代は、主にマンガにしか再現されてないように思われます。一方、「少女時代」の方は市場化が進み、服、玩具、文具、お菓子などどんどん豊かになって来ました。そして、晩婚化により、女性が両親の家庭から出る時期が遅くなり、他人(夫、子供)の世話をすることも少なくなりました。少女時代の方が、文化として今の日本では受け入れられているように見えます。少女時代と青年時代と大人の(若い)女性とがオーバーラップしているように見えます。10代中ごろから20代のアイドルたちは、メディアで大人の肉体と少女の感性の混成イメージを振りまいています。私の周りで創作をしている女性を見ていると、20代後半から30代初めが、彼女たちの少女時代から大人の女性への最終移行期のように思われます。
 知合いのコピーライターが「心は少年」というコピーを書いたのは、バブルの崩壊の5年ほど前でした。「少年病」は、バブル崩壊とともに消えてしまったのでしょうか。

2001年7月4日
門司 邦雄

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