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ランボー エッセイ・私訳

野ウサギとクモの巣

 ランボーの「イリュミナスィオン」の最初の詩、「大洪水の後」には野ウサギがとつぜん出てきます。

 「「大洪水」の望みが無くなるとすぐに、臆病者の野ウサギはイワオウギと揺れている釣鐘草の中で立ち止まり、クモの巣を透かして虹にお祈りをあげた。…」

 この寓話的な詩は何を語っているのでしょうか。

 ウサギは今では愛玩動物となり、おとなしいので学校などで飼われていることも多いです。でも、これはもともとは肉や毛皮を取るために家畜化したウサギでした。野ウサギは今でも秋にはジビエ(ゲームミート)としてメニューに上ります。日本でも「兎追いし、かの山」と歌にもあるように狩猟の対象でした。狩猟は上流階級のスポーツ、娯楽でもありました。ヨーロッパといってもフランスの場合ですが、パリでも19世紀初めまで闘牛、闘鶏などが行われていました。また、屠殺場が市内にいくつもあったため、道路などにも血が流されることも日常的だったようです。「大洪水」の後に「青ひげ」の家、屠殺場、闘技場(シルク)で血が流されるのはこういうフランスの記憶をランボーが思い起こしているのでしょうか。あるいは封印された窓の下では、流血の惨事が現在も続いているというのでしょうか。フランスの革命の歴史は血の歴史でもありました。政治的抗争という血の歴史を人々の記憶からよび覚まさなくするために、19世紀の初めにナポレオンにより屠殺場や市場がパリの町外れに移されました。しかし、この血の記憶はパリ・コミューンでさらに生々しく蘇りました。ところで19世紀も後半になると、豊かな階層ではペットブームがおこり動物保護が広まりました。もちろん、家畜ではない野ウサギは保護の対象ではありません。

 野ウサギはイワオウギの聖堂で釣鐘草の鐘の鳴り響く中、クモの巣を透かして虹にお祈りをあげます。なぜクモの巣を透かしてなのでしょうか。ロンドン万国博覧会(1851年開催)、ハイドパークの水晶宮以来ヨーロッパでガラスと鉄の建造物が作られます。この建造物の内部から外(空)を見上げたイメージと取ることもできます。特にドーム状の部分は、真下から見上げるとクモの巣のようです。しかし、単純に動物のクモの巣そのものをイメージしていると取ることもできます。寓話的なこの詩のクモの巣という言葉には、たとえ水滴で美しく輝いて見えたとしても獲物を捕り血を吸うための網というイメージがどこか感じられます。たとえば、革命までは領主制であったフランスの農村についてですが、領主に年貢を持ってきた農夫の絵の背景にはクモの巣が描かれ、「貴族は蜘蛛で農民はその巣にかかった蝿だ」と記されています(注1)。また、19世紀文学の中では、イエズス会の活動が「糸で巧みにな巣を張り、通りかかる小動物を餌食とする蜘蛛」に譬えられているそうです(注2)。野ウサギは昆虫ほど小さくありませんからクモに捕まえられません。しかし、水滴が宝石のように輝いているクモの巣に騙されているのかも知れません。虹は天と地の契約のしるしですが、「宝石(複数)が消えていく」ように、やがて跡形もなく消えてしまいます。

 童話や寓話は、元来は人間の社会の残酷さなどを描いているとされますが、この詩はランボーなりの寓話なのでしょう。

参考文献
注1) 講談社・ビジュアル版世界の歴史14「ヨーロッパの革命」遅塚忠躬著

注2) 人文書院・「挿絵入新聞「イリュストラシオン」にたどる19世紀フランス 愛・恐怖・群集」小倉孝誠著
フランスの挿絵入新聞挿絵入新聞「イリュストラシオン」(1843-1944)の記事を素材にし、他の文学作品や版画なども参考資料として、当時のフランス民衆の社会をテーマ別に描いて興味深いものがあります。

2000年11月22日
門司 邦雄

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