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ランボー エッセイ・私訳

リセッション

 私が一番苦手だった勉強は歴史でした。試験の前日でも教科書を開いただけで嫌になって寝てしまい、高校時代は落第点を取っていました。今ごろになって、ランボーの時代背景を知るために19世紀ヨーロッパの歴史に関する本などを読んでみていますが、やはりすぐに忘れてしまいます。本当は、きちんと調べて書かなければいけないとは思うのですが…、今、私の気になっていることを少し語らせてください。

 ランボーの「地獄での一季節」の書かれた1873年は、当時の世界経済の中心地、イギリス(大英帝国)で、いわゆる大不況、リセッションが始まった年でもありました。では、フランスはどうだったのでしょうか。とにかく、普仏戦争とパリ・コミューヌの直後ですから、通常の経済状態とはいえなかったかも知れません。残念ながら、まだ経済の流れを知る資料が見つかりません。あるいは、イギリスより早くリセッションになったのでしょうか。
 プチフィスのヴェルレーヌの伝記(注1)には、ヴェルレーヌの友人ルペチエとは、家族ぐるみの付き合いであり、銀行取締役であったルペチエの父が、軍人であったヴェルレーヌの父に「動産銀行」と「セヴィユ・グゼール間鉄道」の株を売るように進めていることが書かれています。これは1862年の話です。フランスは1860年頃までに急速に鉄道網が普及し、また、ナポレオン3世統治下でのオスマンによるパリの改革により、社会資本が格段に充実したと考えられます。でも、たとえば鉄道はある程度普及してしまえば、とりあえずは頭打ちになります。今の先進国におけるインターネットの普及と関連企業業績の悪化も少しは似ているのかも知れません。
 ところで、1873年から始まるイギリスのリセッションの原因は何でしょうか。「近代ヨーロッパの情熱と苦悩(注2)」によりますと、繁栄の1860年代ごろから産業革命の結実である富の蓄積が資本輸出として海外に溢れ出し、これが利子・配当収入となって莫大な利益をイギリスにもたらすようになったとのことです。イギリスの19世紀は、商品貿易は赤字で、これを埋めて黒字に転換したのが、19世紀前半では運輸・保険などのサービス、後半ではサービスと資本輸出による利子・配当収入でした。そして、不況の原因はアメリカからの安価な輸入農産物によりデフレになったためとされます。しかし、自由貿易を国策とするイギリスでは農業の衰退は放置されたそうです。なお、このリセッションは不況ではあっても、恐慌ではありませんでした。
 そして、1870年代、ヨーロッパは革命の時代から帝国主義の時代へと大きく転換しました。ドイツ、アメリカ、そして日本も列強に加わります。
「前ぇー進め! 進軍だ、荷物だ、砂漠だ、倦怠と怒りだ。
誰に雇われるんだ? どんな獣を崇めるんだ? どんな聖像を攻撃するんだ? どんな心を引き裂くんだ? どんな嘘をつかねばならないんだ? ――どんな血の中を歩むんだ?」(ランボー、「地獄での一季節」より「悪い血筋」)

 歴史は過去をそのまま繰り返すことはありません。しかし、時に同じような風景を見せてくれることもあります。冷戦構造の崩壊、さらに中国の経済成長によって、世界全体としての経済・軍事バランスが動き出しているように見えます。情報化と地球環境の変化も大きな力となって働きかけています。現在の(資本の)グローバリゼーションという言葉を、19世紀イギリス資本の帝国主義的進出と同じようにとらえる人も多いでしょう。デモ隊から死人を出したジェノバ・サミットはそう語っているように思えます。
 歴史がどう流れて行くのか、あるいは、誰が、何が、流れを作るのか、流れは変えられるのか。バブルの崩壊から始まった現在の日本のリセッションがどうなっていくのか。もっとクールでマテリアルな情報が欲しいと思います。CNN、ワシントンポスト、ル・モンドもインターネットで簡単に見れるようになったのですから。

注1) 「ポール・ヴェルレーヌ」/筑摩書房/ピエール・プティフィス著/平井啓之・野村喜和夫訳

注2) 「近代ヨーロッパの情熱と苦悩」/世界の歴史22/中央公論社/谷川稔・北原敦・鈴木健夫・村岡健次著

2001年7月23日
門司 邦雄

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