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エリュアール

A peine defigurée

ちょっぴりしかめっ面をした

 これは、シュールレアリスムの詩人でありながら、一般にも人気の高かったポール・エリュアールの詩です。この詩の一行「悲しみよ、こんにちは」を、フランソワーズ・サガンが小説のタイトルに引用したことで、とても有名になりました。


       ちょっぴりしかめっ面をした
ポール・エリュアール

悲しみよ、さようなら
悲しみよ、こんにちは
おまえは天井の線にも書き込まれている
おまえは私の愛する瞳にも書き込まれている
おまえはみじめさとは少し違う
もっとも貧しい唇でさえも、微笑みながら
おまえを表すのだから
悲しみよ、こんにちは
やさしい肉体たちの愛
体のない怪物のように
愛の力から
とつぜん愛しさがこみ上げる
失望した顔
悲しみよ、美しい顔よ

翻訳:2002, Parolemerde2001


 この詩は、La Vie immeadiate という詩集に納められています。La Vie immeadiate の La Vie は「生命」、immeadiateは、「直接」、「すぐ」ですが、ここでは時間ではなく位置、つまり直接接しているという意味でしょう。直接に接している生命、つまり女性です。こういうタイトルは映画の題名みたいに意訳するしかないですね。それこそ、ランボーの「「愛しい体」と「愛しい心」の時(イリュミナスィオン「少年時代」)」ですね。エリュアールは(同性愛者ではないようで)誰かさんのようにうんざりはしていませんが。で、La Vie は生命ですけど、人生でもあるわけで、つまりは女性と過ごしている時でもあります。だから「愛しい肉体の時」とか…。そんな意味ですね。
私は、エリュアールはあまり読んでいないので、この詩集の意図も、彼の個人的な背景も良く分かりません。でも、この詩は、少し悲しい愛を描いたことは誰にでも分かると思います。
タイトルの「ちょっぴりしかめっ面をした」は、女性名詞にかかる形です。たぶん、「女」がくるのでしょう。「しかめっ面をした」は defigure、形を崩す、顔をゆがめる、醜くするといった意味です。ですから、これは単なる泣き顔でも泣き出しそうな顔のことでもなさそうです。それで、しかめっ面としました。
さて、最初のミューズが後にサルバドール・ダリの妻、Gala になったぐらいしか私はエリュアールの女性遍歴を知りませんから、どんなシーンか特定はできないのですが…。たとえば、身勝手にこんなフレンチなシーンを考えてみましょう。
…ぼくは今の彼女とうまく行かなくなって、ふと昔の女を訪れてしまった。そうさ、「悲しみよ、さようなら」さ。女はやさしい人だから、ぼくを受け入れてくれるさ。新しい彼ができたとも聞いていないし…。でも、女はどこかうつろな瞳で目線をそらす。ベッドの上で、質素なアパルトマンの天井を眺めながら。ぼくが見つめると女もぼくの眼を見つめ返し、かすかに微笑む。ほんとにわずがに、でも、ほんとうは許していないのよと。ぼくは女の唇を見つめ、キスをし…。ぼくは、今でも君を…と虚しい言葉を言ってしまう。あの昔の歓びが虚しく訪れる。ふたたび眼を開けたぼくの目には、どこか色あせた、そして少し年をとった君が見える。どこか違う女、どこか違う部屋。ぼくは、なんかバツの悪いような気になり、そして、ほんの少し嫉妬を感じて起き上がる。黙って服を着る。女もローブを羽織る、黙ってインスタント・コーヒーをいれる。見覚えのあるカップだった。言葉が出て来ない。「元気?」「そうね」。黙ってコーヒーを飲み終わる。黙ってコートを着る。ドアを開ける。女は少ししかめっ面をしてぼくを送り出す。アパルトマンを出たときに、瀬戸物の割れる音がした。

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