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プレヴェール

Barbara

バルバラ

 敗戦記念日前後、YouTube で第2次世界大戦と太平洋戦争の記録映像を見ていた。そして、思い浮かんだのが、フランスの詩人、プレヴェール(1900-1977)の「バルバラ」。この詩は、大学2年の時に朝吹三吉氏の授業で読んだ思い出深い詩だ。当時購入した詩集 Paroles のペーパーバックが茶色くなって今でも手元にある。この本には、注は付いていない。
 その時、朝吹氏は、この詩の背景をごく簡単に語り、「犬のように死んでいく/雲にすぎない/ブレストの雨の流れに/消えていく犬たち」の部分は、戦争の時は全てが緊迫していたが、戦後はつまらない日常が戻ってきたことを、シュールな比喩的表現で表していると語ったように記憶している。でも、ぼくにはここの部分が海辺に転がっている兵士の死体のように見えていた。そのことが心にひっかかり、この詩を自分なりに訳してサイトにも掲載した。
 イメージしたのは、「犬たち」は兵士の死体、そして、ノルマンディー半島西端にありドイツ軍の潜水艦基地となったブレストの町を歩いている(おそらく)若く美しい女性は、ドイツ兵の恋人となったフランス女性。大戦前と考えるよりも、フランス人同士と考えるよりも、こちら方が「愛し合うものすべて」という言葉にはふさわしいと思えた。そして、兵士はもちろん、もうこの世には居ない。町は爆撃にさらされたのだから、女性もこの世には居ないかも知れない。そのシーンを思い浮かべながら翻訳した。
 しかし、YouTube のノルマンディー上陸作戦の記録映像を見ているうちに、翻訳が優しすぎるように思えてきた。文字通り敵味方入り乱れた死闘だった。「戦争は、なんて愚かなんだ(ケル コネリ ラ ゲール)」という、突然出てくる強い言葉も、戦争の悲惨さを表している。プレヴェールが「思い出すんだ」と言うのは、全ての人に対して、さらに言うなら、「愛し合うものすべて」に対しての言葉だろう。
 プレイヤッド版の注によると、この詩は第2次世界大戦終結前に書かれ、かつ放送禁止となった詩だそうだ。すでに戦勝気分なのに水をさされたくなかったのだろうか。あるいは、残虐さを忘れさせたかったためなのだろうか。
 だから、ぼくも、恥も外聞もなくもう一度訳しなおしました。


バルバラ

ジャック・プレヴェール

思い出すんだ、バルバラ
あの日、ブレストにはずっと雨が降っていた
そして、君は雨の中を
活き活きと、嬉しそうに、濡れながら
微笑みながら歩いていた
思い出すんだ、バルバラ
あの日、ブレストにはずっと雨が降っていた
そして、ぼくは君とシアム通りですれ違った
君が微笑んで
ぼくも微笑んだ
思い出すんだ、バルバラ
ぼくは君を知らない
君もぼくを知らない
思い出すんだ
あの日のように
忘れるな
雨宿りしている男が
君の名を呼んだ
バルバラ
そして、君は雨の中を走り
濡れながら、嬉しそうに、活き活きと
彼の腕の中へ
思い出すんだ、あのことを、バルバラ
君って呼んでもいいね
たとえ、一度しか会っていなくても
ぼくの愛するものすべてを
たとえ、知らなくても
愛し合うものすべてを
思い出すんだ、バルバラ
忘れるな
君のしあわせな顔の上に降る
あのしあわせな町に降る
あの穏やかで優しい雨を
あの海に降る
兵器工場に降る
ウェサン島への船に降る雨を
おお、バルバラ
戦争は、なんて愚かなんだ
今、君はどうしている
あの、鉄と炎と鋼と血の
雨の中で
やさしく
君を抱いていたあの人は
死んだのか、行方不明か、生きているのか
おお、バルバラ
あの時と同じように
今もブレストにはずっと雨が降っている
だが、同じ雨ではない、すべては破壊された
それは恐ろしく悲しい喪の雨
もう、鉄と鋼と血の
嵐ですらない
犬のように死んでいく
雲でしかない
ブレストの雨の流れに
消えていく犬たち
ブレストを遠く離れて
腐ってゆき
何も残っていない。

翻訳:2011, Parolemerde2001


 なお、「活き活き épanouie」と訳した言葉の元の動詞 épanouir は、(花を)開かせる、輝かせる、などの意味です。また、corps épanoui で、成熟した肉体という意味もあります。ここら辺の言葉の使い方は、フランス的だなと思います。
兵器工場と訳した arsenal は、工廠(こうしょう)というのが、本来の訳です。兵器工場兼武器庫です。arsenal de Brest で、ブレスト海軍工廠です。
再度の翻訳に当たって、『ことぱたち』(高畑勲訳・注/スタジオジブリ出版部)を参考にさせていただきました。

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