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マラルメ

Tristesse

夏の悲しみ

      夏の悲しみ
          ステファン・マラルメ

砂の上に、おお、眠る抗う女よ、太陽は、
君の髪の毛の黄金の中で、悩ましい湯を沸かし、
君の敵意の頬の上で、香を焚きつくしながら、
恋の水薬を涙と混ぜる。

この白い「炎」の、変わらぬ凪が
おおw、私のおびえたキスよ、悲しげな君に言わせる、
「私たちは、決してミイラのようにはなりません
古代の砂漠と幸福のヤシの木々の下で!」

だが、君の髪は生暖かい川の流れ、
そこでは、私たちを悩ませる、あの魂が震えずに溺れ
君の知らないこの「虚無」が見つかる。

私は君の瞼に滲んだ化粧を味わうだろう、
君が打つ心臓に、青空と石の無感覚を、
滲んだ化粧が与えることができるかを見るために。

翻訳:2004, Parolemerde2001


 この詩を読むと、テーマは同じではないかも知れませんが、ピカソの描いた「眠る女」の絵を思い出します。ブロンドのマリーテレーズを描いた「眠る女」の連作で、眠ってはいませんが「鏡の前の少女」はとてもよく知られた作品です。
http://www.pablopicasso.org/girl-before-mirror.jsp
マラルメはこの詩で「眠る女」そして「目を閉じた女」を描いた思います。「眠る抗う女」と訳した箇所は、原詩直訳では「眠る女闘士」となります。閉じられた目の周りの化粧が涙で流れています。この化粧は、原詩では fard で、白粉と訳されることが多いです。しかし、fard a paupieres つまり、瞼の化粧と書いてアイシャドーという意味になりますので、アイシャドーのことを書いているととりました。マラルメは彼女の滲んだ目、というよりも目を覆っている瞼にキスします。瞼には、アイシャドーが塗られています。アイシャドーは、古代エジプトで紀元前3000年頃には使われていたそうです。孔雀石を砕いた青い粉を瞼に塗っていたとされます。(これは特に目の下側と思いますが)青い色が強い太陽光線の反射を和らげ、孔雀石の毒性が目にハエがたかるのを防ぎ、伝染病予防になったそうです。今でも、アフリカの子供の目にハエがたかっている写真を見ることがありますから、当時のエジプトでは、アイシャドーは必要な化粧だったのでしょう。古代エジプトの王侯のマスクのブルーのアイシャドー、それは、「青空と石」という言葉につながっていると思います。時が流れ、アイシャドーはフランスで復活します。いかに自分が愛されているか、いかにたくさんの愛の夜を持ったかを示すために。
滲んだアイシャドーの仮面の下、つまり嘘(化粧)fard の眼差しの下で、彼女の目は何を見つめているのでしょうか、書かれていません。でも、この詩は女を見つめるマラルメの、つまり、愛の虚無を見つめるマラルメの眼差しで終わっています。「古代の砂漠の中で永遠の生を、あるいは、再生を夢見てまどろむミイラにはならないでしょう。」と眠る女性はマラルメに無言で語っているのでしょう。眠る女性には、愛は永遠では無いとともに、虚無でもないのかも知れません。あるいは、マラルメには、そう映っただけかも知れません。

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