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もうひとりの「神」
訳注1)
Soleil et Chair のタイトルの付いたこのテキストは、ドムニー詩帳の第1部に収録されていて、1870年5月の日付が付いています。タイトル、Soleil
et Chair の Chair は、肉体ですが、肉欲と言う意味もあり、この詩では、とくに官能的な女神の肉体の意味で使われています。なお、この詩の前身は、4月29日の日付の「一なるものを信じる…
Credo in unam... 」というタイトルでテオドル・ド・バンヴィルに手紙でに送られた詩です。細部の変更の他に、第3部の後半、かなりの量が削除されています。ランボーはこの詩に思想の展開が多すぎると思ったのでしょうか。それとも、「現代高踏派詩集」に掲載してもらうという目的が無くなったので削除したのでしょうか。この詩には、すでにイエス・キリストが、「もうひとりの「神」」として、人類を抑圧するものとして登場しています。
訳注2) ヴィーナス( Venus )、ローマ神話の美と愛の女神。ウェヌスとも訳されます。子供は恋愛の神キューピッド(クピドー)で、ギリシャ神話ではエロス。
訳注3) キュベレ( Cybele )、小アジアからローマに伝えられた、神々の母とされる大地の女神。ギリシャ神話の神々の母、レアとしばしば同一視されます。
訳注4) アスタルテ( Astarte )、古代フェニキアの都市ビブロスの女神で、死と再生を司ります。ギリシャ神話のアフロディーテと同一視されます。中世キリスト教では、アスタロトという男性の悪魔に姿を変えます。
訳注5) アフロディテ( Aphrodite )、ギリシャ神話の美と愛の女神。多産、豊饒の女神でもあり、エロスの母とされ、ローマ神話ではヴィーナスとなります。
訳注6) イエス・キリストのこと。
訳注7) オリンポス( Olympe )、ギリシャ神話の神々が山上に住んだギリシャの山の名前。
訳注8) 1870年5月に高踏派の詩人テオドル・ド・バンヴィル宛の手紙で、「第二回現代高踏派詩集」に掲載を依頼して送られた「一なるものを信じる…」のタイトルの詩(4月29日)には、Wの冒頭までに、以下の部分が続いています。なお、「一なるものを信じる…」は、数字は振られずに、リーダー罫で区切られています。
おお! 「人」は自由で誇り高いその頭を起こした!
そして、原初の美の不意の光が
肉体の祭壇の中の神を鼓動させた!
現在の善に喜んで、苦しめられた悪に青ざめて、
「人」は全てを測りたい、 ― そして、知りたい! 「思惟」という、
あまりにも長い間押さえつけられていたあのメス馬は、
突進する! そして「答え」を知るだろう!
思考のメス馬が自由に跳ね回れば、「人」は「信仰」を持つだろう!
― なぜ、青空は沈黙し、宇宙は計り知れないのか?
なぜ、黄金の星々は数知れぬ砂のように群れ集うのか?
もし、昇り続ければ、その彼方で人は何を見るのか?
ひとりの「羊飼い」(訳注8−1)が、恐怖の空間の中を
この世界中のゆっくり歩く巨大な羊の群れを導いていくのか?
そして、広大な天空に抱かれたあの世界全てが、
ある永遠の声に震えるのだろうか?
― そして、「人」は、見ることができるのか? 「我信ず」と言うことができるのか?
思惟の声は、夢想より優れているのか?
もし、人がとても早く生まれ、はかない命だとしたら、
人はどこから来たのか? 人は、「胚」と「胎児」と「芽生え」の、深い「太洋」の中の
巨大な「坩堝(ルツボ)」の底まで沈み
バラの中で愛し、麦の中で信じるために、
「母なる自然」が、人を命ある物として生き返らせるのだろうか?…
ぼくたちは知ることができない! ― ぼくたちは
無知と堅苦しい妄想のマントに打ちひしがれている。
母の陰門から落ちてきた人類というサルだ、
ぼくたちの青ざめた理性が、ぼくたちに無限を隠している!
ぼくたちは見たいのに! ― 「懐疑」がぼくたちを罰する!
陰鬱な鳥、懐疑が、ぼくたちをその翼で打つ…
― そして、視界の果ては永遠に逃げてゆく…
………………………………………………………………………………
大いなる空は開かれた! 豊かな自然の
果てしない輝きの中に、たくましい腕を組み、真っ直ぐに立つ
「人」の前に、神秘は死んだ!
人は歌う… 森も歌う、大河もつぶやく
幸福に満ちた歌が、太陽に昇ってゆく!…
― これが贖罪! これが愛! これこそが愛!…
訳注8-1)
この「羊飼い」は、預言者の意味ですが、ここでは、キリストを暗示しています。
訳注9) 原詩では、Kallipige と誤って書かれている Kallipyge
は、アフロディテ(ヴィーナス)を形容する言葉で、「美しいお尻を持った」という意味です。
訳注10) アリアドネ( Ariadne )、クレタ島の王女。実弟の牛頭の怪物ミノタウロスの退治をするテセウスに恋をし、彼の迷宮脱出を助けます(アリアドネの糸)。後、テセウスに捨てられ、バッカス(ディオニュソス)の妻となります。
訳注11) テセウス( Thesee )、アテネの王子、アリアドネの助けを得てミノタウロスを退治するが、アリアドネを捨てて、アテネに帰港しま。そのとき、黒い帆を掲げていたので、王子が死んだと思った王は自殺します。
訳注12) リジオス( Lysios )、ディオニュソス、酒神バッカスのこと。
訳注13) フィリジア( Phrygie )、古代小アジア北西部の国。
訳注14) ゼウス( Zeus )、ギリシャ神話の最高神、ローマ神話ではジュピター。さまざまな姿に変身して、女性と交わる好色な神でもあります。
訳注15) ユウロペ( Europe )フェニキアの王女、ゼウスと交わり、クレタ島の王、ミノスを産みます。ヨーロッパの語源。
訳注16) レダ( Leda )スパルタ王妃、ゼウスが白鳥に姿を変え近づき、卵を産ませます。
訳注17) 白鳥( Cygne )、ここでは、ゼウスが変身した白鳥の意味で使われています。大文字の場合、白鳥座、他の神話の白鳥などの意味もあります。
訳注18) キプロス( Cypris )、アフロディテの別名。
訳注19) ヘラクレス( Heracles )、ゼウスがアンフィトリオンの妻に産ませた子供。剛力でライオンを素手で退治し、その毛皮をまといます。
訳注20) ドリヤード( Dryade )、森(樫の木)のニンフ。
訳注21) セレーネ( Selene )、月の女神、ローマ神話のディアナと同一視されています。
訳注22) エンデュミヨン( Endymion )、永遠の美しさを保つために、永遠の眠りについたとされる羊飼いの美少年。
訳注23) ニンフ( Nymphe )、女神と女性の中間の存在で、美しい女性の姿をした精霊。神話や絵画では、泉に複数のニンフが描かれるが、ランボーは単数で泉の精霊を表しています。
訳注24) 鷽(ウソ Bouvreuil )は、アトリ科の鳥でスズメより少し大きく、フィーフィーと口笛に似た声で鳴きます。春、花のつぼみを食い荒らします。ランボーがここでウソを登場させた意図は解りません。
訳注掲載:2003年3月31日
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