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ヴァレリー

Le cimetière marin

海辺の墓地

 堀辰雄の、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という訳で有名な「海辺の墓地」を、Yahoo「フランス詩」トピで翻訳しました。この詩はヴァレリーが第1次世界大戦後に地中海的思想を表明した詩だと思われます。この詩の翻訳にはヨアヒム氏の解読を参考にさせていただきました。
 この詩の最終部分に、古代ギリシア、エレア派の自然哲学者ゼノンのパラドックス「アキレスと亀」が出てきます。北野武監督の映画のタイトルにも「アキレスと亀」が使われました。俊足のアキレスが鈍足の亀に競争で追いつかないというパラドックスについては、以前、ランボー・ブログに記事を載せました。現在は削除されています。(2013年8月22日 なお記事は再掲載の予定)


       海辺の墓地
ポール・ヴァレリー

白い鳩たちが歩く、この静かな屋根は、
松の木々や墓石の間で、脈打っている。
正しい者、「真昼」が、そこに火で作り出す
海を、海よ、常に寄せては返すものよ!
おお、思索の後の報いよ
神々の静けさへの長き凝視よ!

目に見えない泡の数知れないダイヤモンドを焼き尽くす
鋭い光の何という澄んだ仕事か、そして、
何という平和が抱かれるように思えることか!
底知れない海の上に太陽がたたずむ時、
永遠から生まれる純粋な作品、
「時」はきらめき、「夢」は知となる。

不動の宝よ、ミネルヴァのつつましい神殿よ、
静けさの集まりと、目に見える堆積よ、
そびえ立つ水よ、炎のヴェールの下の
多くの眠りを、君の中に守る「目」よ
おお、私の沈黙!… 魂の中にそびえる建物よ、
いや、千の瓦の黄金の棟、「屋根」よ!

ただひとつの溜息がまとめる「時」の神殿よ、
私の海への凝視に、ただ包まれた、
この純粋な地点に、私は登り、親しむ。
神々への私の至高の捧げ物のとして、
静かなまたたきが、あの高みの上に(注)
この上ない蔑みを撒き散らす。

果実が悦びに溶けてゆくように、
その形が消えてゆく口の中で
不在を歓喜に代えるように、
私はここで、私の未来の煙を吸い込む、
そして、焼き尽くされた魂に、空は歌う
ざわめく海辺の変わりゆく姿を。

晴れた空よ、真の空よ、変わりゆく私を見よ!
多くの驕りの後に、力に満ちながらも
多くの不可思議な怠惰の後に、
私はこの輝く空間に身を任せる、
死者たちの家々の上を私の影が過ぎて行く
そのかすかな動きを私に馴染ませながら。

夏至の松明に魂をさらされて、
私は君を支持する、非情な武器を持つ
光の、賞賛すべき正義を!
君の始まりの場所に、君を純粋なまま返そう:
君自身を見つめよ!… だが、光を返すことは
暗い影の半分を想わせる。

おお、私だけのために、私だけで、私自身の中に、
心の側の、詩の源で、
虚無と純粋な出来事の間で、
私は内面の大いなる木霊を待っている、
苦く、暗く、響く貯水槽が、
常に未来の空洞を魂の中で鳴り響かせるのを!

君は知っているか、葉むらの偽りの囚われ人よ、
この痩せた格子を蝕む入り江よ、
私の閉じた目の上の、まばゆい秘密よ、
どんな体が、私を怠惰の果てに引きずるのか、
どんな額が、その体をこの骨の大地に引き寄せるのかを?
そこでは、ある輝きが私の不在たちを考える。

閉じられ、聖別され、物質の無い火に満ちて、
光に捧げられた、この地上のかけら、
この地は、私に相応しい、炎で支配され、
金と、石と、暗い木々で作られ、
多くの影の上で、多くの大理石が揺れている、
ここでは、私の墓石たちの上で、忠実な海が眠っている!

きらめく犬よ、偶像崇拝者を追い払え!
羊飼いの微笑みを浮かべた隠者である、
私が、神秘の羊たち、私の静かな墓の白い群れに、
長いこと草を食ませている時に、
彼らから遠ざけろ、用心深い白い鳩たちを、
虚しい夢を、物見高い天使たちを!

ここに来れば、未来は怠惰だ。
澄んだ虫が渇きをかき鳴らす。
全ては焼かれ、壊され、大気の中で
私の知らない何か厳かな精となる…
不在に酔えば、生命は広大で、
苦悩は甘美で、精神は明るい。

隠された死者たちは、まさしくこの土の中にいて
この土が死者たちを再び暖め、彼らの神秘を乾かす。
あの高い「真昼」よ、動かない「真昼」よ
自らの中で自らを考え、自らに相応しい…
完全な頭脳と完璧な王冠よ、
私は君の中に秘められた変化だ。

君の恐怖を抑えられるものは、私しかいない!
私の後悔、私の懐疑、私の抑制は
君の巨大なダイヤモンドの傷なのだ…
だが、木々の根元のおぼろげな人々は、
大理石でひどく重い彼らの夜の中で
すでにゆっくりと君の側にまわっていった。

彼らは厚い不在の中に融けた、
赤い粘土は白い種族を飲み込んだ、
生命の恵みは花々の中に移った!
どこにあるのか、死者たちのなじみの言葉は、
個人の技は、独自の魂は?
かって涙が生じていた場所に、うじ虫が巣を作る。

くすぐられた娘たちの高い叫び声、
目、歯、濡れた目蓋、
火と戯れる魅力的な乳房、
受け入れた唇に光る血、
指が守る、最後の贈物、
全ては地下に行き、遊戯の中に戻る!

そして、偉大なる魂よ、人の目に波と金がここに作る
あの偽りの色をもはや持たない夢を
あなたは願うのですか?
あなたが霞みとなる時にも、あなたは歌うのですか?
行け! 全ては逃げ去る! 私の存在は浸みとおり、
神聖な苛立ちも、やはり死んでゆく!

黒と金で飾られた痩せた不死よ、
月桂冠を恐ろしく戴いた慰め人よ、
死から、母の乳房を作るものよ、
美しい嘘と敬虔な策略よ!
この虚ろな頭蓋と、この永遠の笑いを
誰が知らないか、誰が拒まないか!

土深い父たちよ、住む人の無い頭蓋たちよ、
たくさんのシャベルの重みの下で、
土となり、私たちの足音も聞き分けられず、
真に蝕むもの、反論の余地のないうじ虫は、
墓碑銘の下に眠るあなた方のためでは全くなく、
生命を食べて生き、私を去ることは無い!

おそらく、私自身への愛か、憎しみか?
その隠された歯は、すべての名前が
それに相応しいほどに、私に近い!
構うものか! そのうじ虫は、見、望み、夢見、触れる!
私の肉体を気に入り、寝床の上でまでも、
私はこの生き物に所属して生きている!

ゼノンよ! 冷酷なゼノンよ! エレアのゼノンよ!
君はこの翼のある矢で私を射た
唸り、飛び、飛ばない矢で!
矢の音は私を産み、矢は私を殺す!
ああ!太陽… 大股なのに動かないアキレスという
この魂にとって、何という亀の影なのか!

否! 否!… 立て! 続きゆく時代の中に!
打ち砕け、私の肉体よ、この物思う姿を!
吸え、私の胸よ、風の誕生を!
海が吐く爽やかな風が、
私に、魂を返す… おお、潮風の力よ!
波に向って走るのだ、生き生きとほとばしるために!

そうとも! 生まれながらに荒れ狂う性の偉大な海よ、
豹の毛皮と、太陽の千また千の偶像の
孔を穿たれた古代の兵士のマントよ、
己の青い肉体に酔い、
沈黙に似たどよめきの中で
輝く君の尾を再び噛む、絶対のヒドラよ、

風が起る!… 生きてみなければならない!
広大な風が私の本を開き、また閉じる、
波は飛沫となり、岩々から勢いよくほとばしる!
飛べ、すっかり目をくらまされたページよ!
波よ、打ち破れ! 喜びあがる水で、打ち破れ
三角帆たちがついばんでいた、この静かな屋根を!

翻訳:2003, Parolemerde2001


固有名詞の説明
ミネルヴァ:ローマ神話の文芸・医学・学問の女神で、ギリシア神話のアテネに該当する。
ゼノン:古代ギリシアの哲学者。エレア(南イタリアにあった都市)のゼノン。
アキレスと亀:ゼノンの逆説。俊足のアキレスが鈍足の亀と競争して追いつかないというパラドックス
アキレス:ギリシア神話、トロイ戦争のギリシャ最強の英雄。
ヒドラ:ギリシア神話、9の頭を持つ巨大な海蛇。

翻訳者の独り言(注)
ヴァレリーは日本でも有名なフランスの詩人であり、とくにこの詩は有名です。この詩の中で、当時のヨーロッパの思潮、とくにキリスト教と地中海的思考がどのように捉えられ、反映され、書かれているか興味を持ったのですが、結局は解りませんでした。なお、この墓地は地中海を望むセェト(Sete)の町の海辺にあり、詩人ヴァレリーの墓もそこにあります。
この詩の第4聯に「高み altitude」という言葉が出てきます。逆に「深み」とする翻訳もありますので、私の読みを書いてみました。
この詩の第1聯から第4聯の情景では、ヴァレリーは、墓地の斜面の下から、斜面の頂に登ってゆきます。始めは低い位置なので、松の林越しに海が見えます。水平線まで続く海を屋根に、三角帆の船を鳩に喩えています。斜面を登り視点が高くなると、視線を遮るもののない海が見えます。視点の位置と同時に水平線も上がりますから、海が昇り聳え立つように見えます。この詩では、私が登るのと海が昇るのが同一視されて描かれています。ただし、海に向いて堤防に登るときとは違い、墓地を向いて斜面を登るのですから、第6聯の、「私の影を(墓石に)馴染ませる」という言葉も出てきます。たぶん、斜面の上では、海(水平線)は丸みを帯びて見えるのでしょう。そこには、真昼の太陽がきらめく光で滲んだ円を作っている、第23聯の「太陽の千また千の偶像」に喩えられる太陽の光のきらめく反射です。
「静かなまたたきが、あの高みの上に
この上ない蔑みを撒き散らす。」
「あの高み l'altitude」は、この海の頂点、そしてヴァレリーの意識の中での、墓地の斜面の頂点をも、意味するのではないかと読みました。

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