資 料
この詩は、かつてマラルメトピで、トピ主の三さんが抜けた後、ぼくがひとりで最後に読んだ詩です。おそらくは詩人が死んだ後の「無」の世界を描いた詩ではないかと思っています。ぼく自身が老年となり、また身近な人もだんだん他界して行き、この詩を思い出すことが多くなりました。
アントワーヌの誘惑(「青春時代 IV 」)のところで、マラルメが描いた作者の死後の世界が示されていると思われます。
門司 邦雄
掲載:2012年7月18日、2021年1月19日
( yx のソネ)
ステファン・マラルメ
汚れ無き爪が高く、オニックス(縞瑪瑙)を掲げ、(訳注1)
真夜中に、松明を掲げる者、「苦悩」が支える、(訳注2)
多くの夕べの夢は、フェニックス(不死鳥)に燃やされ(訳注3)
誰もいないサロンの小テーブルの上の(訳注4)
骨壷には収められない:プティクス(貝殻)のない、(訳注5)
虚ろに響く、打ち捨てられた飾り、
(なぜなら「主人」は涙を汲みに、ステュクス(地獄の河)に行った(訳注6)
「虚無」が誇りとする唯一の物を持って)
だが、北に開いた十字窓の近く、ニックス(水の精)に向かい、
一角獣たちの装飾が火を蹴上げるに連れて、
黄金の輝きが、おそらくは死んでゆき、(訳注7)
鏡の中では裸で、ニックス(水の精)が亡くなっている、
額縁で閉じ込められた忘却の中には、すぐさま、
星の七重奏の煌きが留められたにもかかわらず。(訳注8)
翻訳:門司 邦雄
掲載:2009年4月2日
訳注1) オニックス 縞瑪瑙の意味の他、ギリシア語で爪 ongle を意味します。
訳注2) 夢がランプの比喩のように、苦悩は門 porte の比喩。
訳注3) フェニックス(不死鳥)は、太陽の意味で、不死鳥神話のように毎朝蘇ります。
訳注4) 壷 amphore は灰(死灰・骨灰)を集める。
訳注5) プティクス(貝殻)は、容器の意味ではないでしょう。最初のヴァージョンでは「船 Vaisseau 」となっています。1868年にマラルメはルフェーブルに、ix の韻の詩を作るために、ptyx の意味を問い合わせいてます。プティクスは、ギリシア語で、貝殻 coquillage ・折り目 pli の意味。「詩の折り目」という注もありますが、意味は分かりません。
訳注6) 「主人」は詩人のこと。ステュクスは、ギリシア・ローマ神話の地獄の大河。Wikipedia によると、地下の冥界を七重に取り巻いて流れ、生者の領域と死者の領域とを峻別していると言います。ステュクスの水には神々さえも支配する特別な力が宿っており、猛毒であるという説や、逆に不死をもたらす神水であるという説が唱えられています。
訳注7) 何か金色の物-黄金の輝き-は、おそらく金色の額縁で、火と水、一角獣とドイツ神話の水の精ニックスがそこに対峙しています。
訳注8) 星の七重奏の煌きは、大熊座のことです。日本では、北斗七星です。
詩人のいない詩人の部屋
この詩は、鏡のある部屋(小サロン)での出来事を書いてあるようです。
夕陽が、おそらくひとつの窓、西または南西向きの窓、から差し込んでいます。この部屋の主人は外出中のようです。
北向きにも窓があります。これは十字窓です。その側に額があります。額は金色で一角獣たちが浮き彫りにされています。額の中は、絵なのでしょうか、鏡と取るほうが自然に思います。鏡には、水の精ニックスが映し出されています。これは、他の絵、例えば裸体画のことでしょうか、ニックスの絵でしょうか、あるいは、ひょっとして、小サロンにいる女性なのでしょうか。閨房の女性が裸体でベッドに横たわっている、あるいは人魚のように上体を起こしていると考えることもできます。
夕陽が落ち、金の輝きが額から消える、鏡の中の裸体も暗闇に溶けてゆきます。そして、北の窓には、北斗七星が輝きます。鏡には窓の星が映ります。そして部屋は闇になります。
解読:門司 邦雄
掲載:2009年5月5日、2015年4月7日、2021年1月19日
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