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ボードレール

Au Lecteur

読者に

 ボードレールの詩集『悪の華』の冒頭の詩です。初出は1855年で、一部違いがあります。なお『悪の華』の第1版は1857年ですので、詩集全体の構想が纏まってから書かれた詩のように思えます。
 原詩で読むと、何よりも理路整然とした語り口の印象を受けます。重々しくても覚めた詩です。ここでは、悪に惹かれる人間精神が詩集『悪の華』のテーマであることを告げています。さらに、その悪徳の中でも最悪のものが「倦怠 Ennui 」です。ボードレールは「臆病すぎる私たちの魂」つまり「偽善者の読者」への挑発を試みています。ちなみに第2版の最後の詩「旅」は、マキシム・デュ・カンに挑発的に献呈されています。
 なお、この「倦怠 ennui 」は、ランボーのイリュミナスィオン冒頭の2編の詩、「大洪水の後」と「子供時代Ⅰ」にも出てきます。
 フランス語テキストはこちらをご覧ください。


             読者に
シャルル・ボードレール
愚かさ、過ち、罪、強欲が、
私たちの精神を占領し、身体を飼い慣らす、
そして、乞食がシラミを飼うように、
私たちは、愛しい悔恨を養う。

    私たちは、ひたすら罪深く、いやいや悔い改め、
気前良く告白を支払い、あさましい涙が、
汚れをすべてきれいに洗い流すと信じて、
悪びれずに悪徳の道に戻って来る。

    悪の枕では、魔王のトリスメジストが、(注)
魔法にかけられた私たちの精神を長い間ゆすっている、
そして、この巧妙な化学者により
私たちの意志という貴金属はことごとく蒸発する。

    私たちを操る糸を握るのは「悪魔」だ!
私たちは忌わしい物に魅せられて、
怖れもなく、悪臭を放つ暗闇を横切り、
「地獄」に、毎日、一歩ずつ降りてゆく。

    老いぼれた売春婦のさいなまれた乳房にキスし
むしゃぶりつく貧しい放蕩者のように、
裏通りで、私たちは闇の悦楽を盗み
しなびたオレンジのように強く搾り貪る。

    群がり集う無数の回虫のように、
私たちの脳の中では「悪魔」どもが酒盛りをしている、
私たちが息をするごとに、肺の中から「死」が降りてくる
見えない大河を、重いうめき声とともに。

    強姦、毒、ナイフ、放火が、
私たちの悲惨な運命の平凡なキャンバスに
その心地よい模様を、まだ刺繍していなければ、
ああ! それは我たちの魂が臆病すぎるのだ。

    だが、ジャッカル、ヒョウ、猟犬、
サル、サソリ、ハゲワシ、ヘビに混じり、
私たちの悪徳の汚らわしい動物小屋の中で、
金きり声で鳴き、遠吠えし、唸り、這う、怪物たちより、

    もっと醜く、邪悪で、汚らわしい獣が、ここに居る!
大げさな身振りもせず、大仰な叫び声もあげず、
喜んで大地を廃墟と化し
欠伸の中に、世界を飲み込む。

    そいつは「倦怠」だ! ― うっかり涙を浮かべ、
水ギセルをふかしながら、死刑台を夢見ている。
君もそいつを知っている、気難しいこの怪物を、
読者よ、偽善者の読者よ、― 我が同類よ、― 我が兄弟よ!

翻訳:2010, Parolemerde2001


注) トリスメジストは三倍と言う意味から来た言葉で、ギリシアのエルメスあるいはエジプトのトト神の異名(ラルースより)。古代エジプトで錬金術を人間に啓示した神の使者(半神半人)とされています。
19世紀フランスでは錬金術が流行していました。ランボーも「地獄での一季節」で、見者の詩法を「言葉の錬金術」と言ってます。そして、金こそはできませんでしたが、化学の進歩を導きました。

テキストは Les Fleurs du mal/Baudelaire/Edition de A. Adam/Classiques Garnier
1961年発行(1970年版使用)

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