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ボードレール

Le voyage

 ヤフーのフランス詩トピでみやびさんと1年以上かかってボードレールの「旅 Le voyage」を読み、翻訳しました。翻訳は、必ずしも原文直訳ではありませんが、原詩の表現ニュアンスをできるだけ日本語に置替えるようしました。翻訳が比較できるようにみやびさんの翻訳も掲載します(翻訳者了承済み)。
 ボードレールの『悪の華』は、1857年が初版です。6編が公序良俗に反するとして罰金刑を受けました。また、この年に軍人の義父、オーピックが死去し、母カロリーヌとの仲が戻ります。しかし、この時の『悪の華』には、「旅」は収録されていません。なお、詩集のタイトル『悪の華 Les fleurs du mal』は、直訳すれば『悪の花々』となります。  『悪の華』の最後を飾る「旅」は、1861年の第2版に登場します。ボードレールが39歳の時です。第2版には35編の詩が追加されています。今でも『悪の華』の定本とされています。ボードレールは1858年に『人工楽園』(Les paradis artificiels)を発表しています。「旅」にも阿片への避難が書かれています。
 「旅」が書かれたのは1859年で、マキシム・デュ・カンに献呈?されました。ガルニエ版の注には実際に送ったと書かれています。マキシム・デュ・カンは作家のフロベールと東方旅行をし、1852年に写真集『エジプト・ヌビア・パレスチナ・シリア』を出版しています。デュ・カンは写真家、旅行家に止まらず、詩人、小説家、評論家でもありました。大衆性があり、近代的(現代的)タレント文化人のはしりといえるでしょう。オスマンのパリ改革を支持し、「進歩」「民主主義」「科学による征服」を信奉していました。ボードレールは、デュ・カンへの異議申し立てとして、この詩を送ったのでしょう。「旅」の冒頭は「地図と版画の大好きな子供とって、」で始まります。当時の絵入り新聞、観光案内には木版画が多用されていました。写真を絵の僕と捉えていたボードレールは、音綴数を揃える必要だけでなく、デュ・カンに対抗して「写真」に類する言葉を避けたのでしょうか。
 この詩には、近代科学の産物として気球 balloon も出てきます。「本当の旅人とは、気球のように軽い心で、/ただ旅立つために、旅立つ人たちだけだ。」と。1873年、フランスのモンゴルフィエ兄弟製作の2人乗りの熱気球がブローニュの森から空に浮かび上がりました。人類の初飛行です。この詩が書かれた前年(1858年)には、やはりフランスの写真家ナダールが気球によるパリ上空からの空中写真撮影を行い、空からのパリを写真に収めたことも、この詩に反映しているのかも知れません。なお、ナダールはボードレールのポートレートも撮影しています。

 ボードレールのパリを描いた散文詩編『パリの憂鬱』は、彼の死後に1869年に発表されました。ランボーが「見者の手紙」の中で「ボードレールこそ最初の「見者」であり、詩人の王であり、「真の神」であります。とはいえ、彼はあまりに芸術的な環境で生きてきました。あれほど賞讃される彼の形式も陳腐なものです。未知の発明には新しい形式が必要です。」と批評したボードレールは、やはり『悪の華』のボードレールと思われます。しかし、ランボーの初期詩編の最後を飾る長編の韻文詩「酔っぱらった船(酔いどれ船)」は、ボードレールの「旅」の強い影響下に書かれたように見えます。しかも皮肉なことには、同じスタイルの長編韻文詩です。韻文詩を放棄して散文詩に移行し、1873年には「徹底的に現代的 moderne でなければならない。」(「永別」)と宣言するランボーには、散文詩『パリの憂鬱』も反近代的に映ったのでしょうか。
原詩で読む「旅」は、今でも平明で近代的な詩に思えます。文語調の邦訳よりもずっと新しい印象を受けます。

 フランス語テキストはこちらをご覧ください。



シャルル・ボードレール/2010年 Parolemerde2001訳

マキシム・デュ・カンに


地図と版画の大好きな子供とって、(注1)
宇宙はその子の限りない欲望と同じだ。
ああ! 灯りの照らす世界はなんて広大なのだ!
思い出に映る世界はなんて小さいのだ!

ある朝、私たちは旅立つ、炎は頭に満ち、
恨みと苦い欲望が心に溢れ、
限りある大洋に私たちの無限を揺らしながら、
波のリズムのままに航海する:

ある者は忌まわしい祖国から逃げることを歓び、
他の者は恐ろしい故郷から逃げることを歓ぶ、
またある者、女の眼差しに溺れた占星術師たちは、
危険な香りを放つ、横暴なキルケから逃げることを歓ぶ。(注2)

獣に変えられないように、
彼らは天と光と赤く染まった空に酔う。
氷に噛まれて、太陽に焼かれて、
キスの痕がゆっくりと消えてゆく。

だが、本当の旅人とは、気球のように軽い心で、
ただ旅立つために、旅立つ人たちだけだ、
宿命から永遠に逃れられずに、
何故かは分らず、いつも言う:出発しよう!

彼らの欲望は雲の形を成し、
大砲を夢見る新兵のように、
人間の精神が未だに名前を知らない
変幻自在の、未知の広大な悦楽を夢見る!

 


恐ろしい! 私たちは踊ったり跳ねたり
独楽と球を真似ている。眠っていても、
恒星を鞭打つ残酷な「天使」のように、
「好奇心」は私たちを悩ませ転がす。

目的地が移動する奇妙な運命だ、
だが、どこにもなければ、どこでも構わないだろう!
希望を見捨てられない人間は、
休息を求めて気狂いのように走り続ける宿命だ!

私たちの魂はイカリア島を捜している三本マストの帆船だ。(注3)
甲板に声が響く:「目を開けろ!」
帆柱の見張り台が、熱く狂おしく、叫ぶ。
「愛…… 栄光…… 幸福だ!」 地獄だぞ! それは暗礁だ!

見張り番の男が知らせるどの小島も
「運命」に約束されたエルドラド。(注4)
大饗宴をひき起こす「空想」も
朝の光に照らされた暗礁しか見出せない。

おお、妄想の国々を愛する「哀れな人」だ!
蜃気楼が渦潮をさらに苦くするアメリカ諸大陸を(注5)
発明したと夢想するこの酔いどれ水夫は、
鉄の枷をつけて、海に投げ込むべきなのか?

泥の中でもたつきながら、上の空で輝く楽園を夢見ている
年老いた浮浪者さながらだ。魔法にかけられた目は、
ロウソクがあばら家を照らしている所なら
どこにでもカプアの町を見いだす。(注6)

 


驚くべき旅人たちよ! なんと高貴な物語を
海のように深いあなたがたの目の中に読むことか!
あなたがたの豊かな思い出の宝石箱を見せておくれ、
星々とエーテルで作られた素晴らしいあの宝石を。

私たちは蒸気機関もなく、帆もなく、旅をしたい!
私たちの牢獄の倦怠を楽しくするために、
カンバスのように張りつめた私たちの精神の上を、
あなたがたの思い出を水平線の額に入れて通過させてくれ。

語りたまえ、あなたがたは何を見てきたのか?

 

IV

「私たちは星を見た、
海を見た。砂漠も見た。
だが、衝突と予期せぬ災難にもかかわらず、
私たちはしばしば退屈していた、此処のように。

すみれ色に染められた海に昇る太陽の輝きも、
沈む太陽に照らされた都市の輝きも、
私たちの心に、魅惑的に輝く空の中に
飛び込みたい不安な熱情を掻きたてる。

もっとも豊かな都市も、もっとも雄大な景色も、
偶然が雲で作る空ほどは
神秘的な誘惑を持たなかった。
そして、欲望はいつも私たちを不安にさせていた!

― 悦楽が、欲望に力を与える。
欲望よ、快楽が養分を与える老木よ、
君の樹皮は厚く硬くなってゆくのに、
君の枝は、もっと近くで太陽を見たいと望んでいる!

糸杉よりも樹齢の長い大樹よ、君はいつまでも
大きくなってゆくのか? - だが、私たちは丁寧に、
あなたがたの貪欲なアルバムのためにクロッキーを集めた、
遠方より来たものすべてを美しいと思う兄弟たちよ!

私たちは象の鼻をした偶像に挨拶をした、
光輝く宝石を散りばめた玉座も見た、
精緻を極めた宮殿も見た その夢幻の豪華さは
あなたがたの銀行家には破産の夢だろう。

目を眩ます煌びやかな衣装も見た、
歯と爪を染めた女たちも見た、
蛇が愛撫する芸達者な曲芸師も見た。」

 

V

それから、それからさらに後は?

 

VI

                  「おお、子供っぽい頭脳よ!

大切なことを忘れてはいけない、
私たちは、探すまでもなく、どこでも見たのだ、
運命の梯子の天辺から根元まで、
不滅の罪の退屈な見世物を:

女だ、さもしい奴隷、高慢ちきで愚か、
冷たく自惚れ、恥も無く己を愛する。
男だ、屍を食らう暴君、猥褻で、冷酷で、強欲、
奴隷の奴隷にして下水道のどぶだ。

愉快な死刑執行人だ、泣き虫の殉教者だ。
血が味と匂いをつけるお祭り騒ぎだ。
暴君を無気力にする権力の毒だ。
おまけに、鞭打たれて愚かにされたい国民だ。

私たちの宗教にそっくりな宗教だって幾つもある、
どれもこれも天国に向かってよじ登る。教皇様は、(注7)
羽毛の寝床に寝転がる神経質な人のように、
磔の釘と馬の毛に快楽を捜し求めていらっしゃる。

お喋りな「人類」は、己の天賦の才に酔い痴れ、
そして、相も変わらず、気狂いのように、
荒れ狂う苦悶の中で、神に叫ぶ:
「おお、わが同類よ、おお、わが主人よ、お前を呪うぞ!」

だが、不敵にも「狂気」を愛する最も利口な連中は、
「運命」に囲まれた巨大な群集から逃げだし、
果てしない阿片の中に避難する!
― これが地球全体の永遠の報告書だ。」

 

VII

旅から引き出せるのは、苦い知識だ!
小さくて単調な世界は、昨日も、今日も、
明日も、いつも、私たち自身の姿を見せてくれる
倦怠の砂漠にある恐怖のオアシスだ!

発つべきか? 留まるべきか? 留まれるのなら、留まろう、
発たねばならぬなら、発とう。抜かりのない不吉な敵、
「時」を欺くために! ある者は走り、ある者は身を潜める、
彷徨えるユダヤ人のように、伝道者のように、

ああ! 休むことのない放浪者だ、
「時」、この恐ろしい槍と網を持つ闘奴から逃れるには、
汽車も、船も、何ものも、役に立たない。
だが、生地を去らずに「時」を殺せる人もいるのだ。

最後に「時」が私たちの背骨を踏みつける時になっても、
私たちは、願い、叫ぶことができるだろう、前進! と。
目を見開き、風に髪をなびかせ、
かつて支那に旅立った時と同じように、

私たちは、「冥府」の海に船出しよう(注8)
若い旅人のように心弾んで。
死のように魅惑的なこの声を聞きたまえ、
「こちらへおいで! 香り立つロトスを(注9)

食べることを望む者たちよ! 君たちの心が飢えている
魔法の果実を摘み取るのはここだ。
君は来るのか? 終わりの無いこの午後の
未知の甘味に酔い痴れに。」

なじみの口調で、私たちは幽霊が誰だか分る、
私たちの「ピラドたち」が、彼方から手を差し伸ばす。(注10)
「君の心をよみがえらせるために、エレクトラに向かって船を出せ!」
私たちがかつて膝にキスしたあの女が言う。(注11)

 

VIII

死よ、老いた船長よ、時だ! 錨を上げよ!
この国には飽きた、おお、死よ! 船を出せ!
空と海がインクのように暗くても、
お前が知る私たちの心には光が満ちる!

励ましのために、お前の毒を私たちに注げ!
その炎が私たちの脳を焼くように、「未知」の底に『新しい事』を
発見するために、「地獄」でも「天国」でも構わない、
私たちは奈落の底に沈みたい!

 

注1) 版画は、estampes で、19世紀フランスでは、新聞記事や観光案内などの図版に細密な木版画が使われました。
注2) キルケは、キリシア神話の女神、魅力で男を誘い、魔法の力で人をブタなど獣に変えてしまう。
注3) イカリア島はギリシア神話のイカロスが墜落した海の側の島で、理想(と失墜)の象徴として使われています。
注4) エルドラドは、大航海時代にスペインに伝わったアンデス奥地の伝説上の黄金郷の意味で使われています。
注5) 原詩のアメリカは複数形になっています。次行の発明も含めて、妄想を強調しています。
注6) カプアはイタリア西南部の古代ローマの都市。カルタゴのハンニバルの側につくが、ローマに奪回されます。後にイスラムにより破壊され、市民は現在のカプアの地に逃亡。
注7) 教皇様 La Sainteté 。聖下 Sa Sainteté は教皇の尊称なので、冠詞を Sa (神の)ではなく、La (その)とすることで幾分涜聖的な表現と思われます。2行下、釘はキリストを磔に掛けた釘を、馬の毛はキリストが誕生した厩を、(それらにちなんだ宗教上の儀式などをも)象徴しています。
注8) 「冥府」の海は、ポーからの引用とされています。冥府 Ténèbres は、大文字で始まり複数ですが、ténèbre は、暗闇の意味になります。
注9) ロトス Lotus は、ギリシア神話で、その実を食べると憂苦を忘れるといわれる植物です。なお、普通名詞の lotus は、スイレン科の植物(睡蓮、ロータス)という意味です。
注10) ピラド、次行のエレクトラもギリシア神話から取られました。エレクトラは、キリシア神話には何名か出てきますが、ここではピラドと結婚したエレクトラを指すのでしょう。エレクトラはアガメムノンの娘で、その弟オレストの友人がピラドです。オレストとエレクトラは、母とその姦夫を殺し、父の仇を討ちます。ここでは幽霊がアガメムノンに当たるのでしょうか。
注11) あの女は celle で、代名詞なので女性形の名詞を受けています。物を指しているとも考えられます。ここでは、次章の「死 Mort(女性名詞)」を暗示していると私は読んでいます。



シャルル・ボードレール/2010年 みやび訳
マキシム デュ カンに


地図や版画絵の大好きな子供にとって
宇宙は、その子の激しい欲望と同じくらい広大である。
ああ!世界は、ランプの光に照らされなんと広いことか!
記憶の目には、世界のなんと小さいことか!

ある朝我らは出発する、頭の中を炎の旗でいっぱいにし、
心は、遺恨と苦い希望で膨らんでいる、
そして私たちは進む、大波のリズムにのって、
海の果てで、私たちの無限を揺らしながら;

ある者たちは、汚らしい故郷を逃げ出しうれしがり
他のものたちは、恐ろしい生地から逃げ出し、また他のものは
女の瞳に溺れた星占い師であるが
危険な香りを放つ横暴なキルケーから逃れる。

獣に変えられないようにと、彼らは
見渡す限りの光と空に口づけし陶然とする;
齧る氷、焼き付ける日差しが
ゆっくりと口づけの跡を消していく

しかし本当の旅人たちは出発するために出発するひとびと、
心は軽く、風船のように
かれらは決して己の運命から遠ざかることはない
理由は知らない、常に言うのみ:出かけよう!

旅人たちの欲望は雲の形をしている、
新兵が大砲を夢見るように彼らは
広大で、移ろいやすく、見知らぬ逸楽を夢見る、
人間精神が決して知ることのなかったその名前!

 


なんと恐ろしい!ワルツを踊り跳ねている独楽とボールを
我らは真似ている、;我らが居眠りしているときでさえ
好奇心が我らを苦しめ我らを転がす、
恒星を鞭打つ残忍な天使のように。

目的の地が移動する奇妙な運命
しかもどこにもなく、おそらくどこでもよい!
そこでは希望もけっして捨てられることなく、人間が、
休息を求めて狂人のごとく走り続ける

我らの魂は三本マスト船、己の理想郷を探し求めている
甲板にひとつの声が鳴り響いた「目を開けよ!」
見張り台の声が、熱く狂ったように叫ぶ
「愛よ・・・栄光よ・・・幸福よ!」地獄だ!岩礁だ!

見張り番の合図で知らされた小島のひとつひとつは
「運命」によって約束された黄金郷
その乱痴気騒ぎを引き起こす「想像」は、
朝の光の中に暗礁しか見出せぬ。

おお、夢想の国々を愛する哀れな者よ!
牢獄に入れるべきか、海に投げ込むべきか
この飲んだくれの水夫を?アメリカ大陸発見者の
彼の幻想は、渦潮を、より苦いものにする。

こんなふうに老いたる放浪者が、ぬかるみに足を取られ、
鼻を空に向け、輝くパラダイスの夢を見る、
魅せられた眼はカプウを発見する
いたるところで蝋燭があばら家を照らしている。

 

III

驚くべき旅人たちよ! お前たちの、海のように深い目の中に
なんと高貴な話をわれらは読み取るのだろう!
見せてくれ、お前たちの豊かな思い出の宝石箱を、
星と天空から作られた、これらまばゆい宝石を。

われらは旅立ちたい、蒸気も帆もいらない!
牢獄の退屈を陽気なものにするため、
画布のように広げている我らの精神の上に、
お前のいくつもの思い出を、地平線という額縁とともに過ぎらせよ。

教えてくれ、何を見たのか?

 

IV

「私たちは星を見た
波も見た。私たちは砂漠も見た。
そして、幾多の衝撃と予期せぬ荒野に出くわしたのに
私たちはたびたび退屈していたのだ、ここにいたときのように。

紫色の海の上の太陽の栄光は、
沈もうとしている夕日の中、街の栄光は、
魅惑的に反射する空の中に沈みこもうとして
私たちの心の中で、不安に満ちた熱気を輝かせていた。

もっとも豊かな街も、もっとも豪華な景色も
偶然が雲にもたらすほどの神秘的な魅力を
持ち合わせることは決してなかった。
そして常に欲望が私たちを不安にさせていた!

喜びは欲望に力を加える。
欲望よ、快楽が栄養となる古木よ、
お前の樹皮が大きくなり堅くなっているのに、
お前の枝々はすぐ近くで太陽を見たいと言う!

常に成長していくのか、糸杉よりも頑健な大木である
お前は?-我々は、丁寧に、
何枚もクロッキーを集め、君の貪欲なアルバムに加えた
遠くからやってきたすべてのものに美しく感じる兄弟よ!

我々は挨拶をしたのさ、象の鼻を持つ偶像に、
煌く色石のちりばめられた玉座に、
きみたちの銀行家にとって儚く散った夢であろう
幻のように美しく飾られ細工された宮殿に、

人々の目に陶酔として映る衣装に、
歯も爪も染めた女たちに、
そして蛇が優しく撫でまわす物知りの曲芸師たちに」

 

V

そしてそれから、それからさらに?

 

VI

              「おお、まるで子供のような好奇心!

大切なことをいい忘れてはならないが、
われらは、求めたわけではないが、至る所見て廻ったのさ、
運命のはしごの高所から低所まで、
永遠の罪の退屈な見世物を

女は、卑しい奴隷で、高慢で愚かしい
笑うこともなく、うぬぼれ、ためらわず自己を愛する;
男は、貪りくらう暴君で、猥褻、冷酷で貪欲
奴隷の中の奴隷と下水の中のドブ

楽しんでいる死刑執行人、すすり泣いている殉教者
血が味付けをし、香り付けをしている宴。
暴君を弱らせている権力の毒、
そして愚かにする鞭を好む民衆。

いくつかの宗教が我らの宗教に似る
すべては天へと階段を昇る、聖人は
繊細な人が羽根布団の中で寝そべるように
釘と馬の毛の中に快楽を求めている

おしゃべりな人間は、その才能に酔っている、
そして今、かつてそうであったように興奮し、
断末魔の怒りに狂い神に叫んでいる
「おお、私に似ている者よ、おお私の師よ、私はお前を呪う!」

それほど愚かではないが大胆な狂気を愛するもの達、
運命の囲いの中の大群衆から逃げながら、
広大な阿片の中に逃げ込む!
-これが全世界の永遠の報告書なのだ』

 

VII

苦い知識、それを旅から引き出すのだ!
世界は単調で小さいが、今日も、
昨日も、明日も、いつまでも我らに我らの像を見せてくれる
それは倦怠の砂漠の中の恐怖のオアシスだ!

出発すべきか?あるいは留まるべきか?君が留まれるなら、留まればよし;
出発せよ、必要ならば。或る者は走り、或る者はうずくまる
それも不吉で抜かりのない敵から逃れるため。
「時」!それは、ああ、止むことなくさまよう者。

さまよえるユダヤ人のように、使徒たちのように
何者も十分ではない、鉄道でも船でも、
この網闘士から逃れるためには;他にも生地を離れずに
あいつを殺せる者もいる。

ついにあいつが我らの背骨に足を乗せるそのとき、
我らは望み、叫ぶことができる:前進!
かつてシナへ旅立ったように
目は沖を見詰め、髪を風になびかせたまま、

われらは「暗闇」の海に船出するだろう
旅する若者の沸き立つ心持ちで。
魅惑的で陰鬱なこの声があなたには聞こえるだろうか
その声は歌う“こちらへ!芳しい睡蓮を欲しがるお前たち!

芳しい睡蓮を!お前たちの心が渇望する
奇跡の果実を摘むのはここだ;
お前たちは終わることのないこの午後の
異国の甘さに酔いに来るというのか?

聞き慣れたなまりで、我らは亡霊が誰かを知る。
我らの親友がこちらに腕を広げる。
「魂を安らげるためにお前のエレクトルへと泳げ!」
かつてその膝に口づけをした彼女が言った。

 

VIII

おお 死よ、老いた船長よ、時間だ!錨を上げよ!
この地には飽きた、おお 死よ!支度せよ!
もしも空と海がインクのように黒ずんでいるならば、
お前の知る我らの心は光で満たされる!

我らを元気付けるために君の毒を盛れ
その炎が我らの脳を焼こうとするので、我らは奈落のそこまで
沈みたい、そこが地獄であろうと天国であろうとかまうものか
「未知」の底で新しいものを見出すために!

 

注) テキストは Les Fleurs du mal/Baudelaire/Edition de A. Adam/Classiques Garnier 1961年発行(1970年版使用)/Parolemerde2001

翻訳掲載:2011年7月27日

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