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ランボー イリュミナスィオン

イリュミナスィオン解題

 もう長いこと、おれはありうべき風景はすべて手にしていると自慢していた。現代の絵画と詩の有名作家など取るにたらないと見なしていた。
 おれが好きだったのは下らない絵だ、ドアの飾り、舞台の背景、サーカスの垂れ幕、看板、低俗なカラー挿絵。さらに、すたれた文学だ、教会のラテン語、誤字だらけのエロ本、先祖様の物語、おとぎ話、子供の豆本、古臭いオペラ、馬鹿げたお囃子、幼稚なリズム。
(「地獄での一季節」の「錯乱Ⅱ 言葉の錬金術」より、翻訳:門司邦雄)

 題名「イリュミナスィオン」は、いくつかの解釈が可能なため、翻訳の場合は、そのままの読み「イリュミナシオン」を当てているものがほとんどです。私が「シ」をあえて「スィ」としたのは、知合いのフランス人(フランス語学校を経営し、教師もしている)から、濁って発音しないようにとしつこく注意されたためです。
 Illuminations を英語と考えることもできます。その場合はイリュミネーションズとなります。実際、ヴェルレーヌは英語の "coloured plates" の意味だと説明しています。英語で本(写本)の彩飾、つまり本文を囲んでいる(幅広の装飾的な)飾り罫のことをイリュミネーションズといいますから、これを指していると考えることもできます。しかしヴェルレーヌの gravures colorees をそのまま訳すると彩色された版画という意味ですから、むしろ「言葉の錬金術」に書かれた「低俗なカラー(彩色)挿絵」の方を連想します。挿絵と訳した enluminures にも(写本)の彩飾の意味があります。イリュミナスィオンが映像的な詩篇であることを考えると彩色版画という意味に思えてきます。日本なら浮世絵絵巻ということになるのでしょうか。
 illumination は illuminer (光に照らす、照明する)からきた名詞です。今では神の光で照らすという意味より、クリスマスのイリュミネーションの意味になってしまいました。しかし、フランス語として読めば「天の啓示」の意味にとることもできます。ランボーがこの詩篇を書いた時代のフランスではどうだったのでしょうか。ヴェルレーヌが英語の "coloured plates" という意味だと説明したということは、フランス語としては一般的にはその意味にはとられなかったということでしょう。ランボーは英語「彩色版画」=フランス語「天の啓示」という式を提示して、言葉の意味の二重性を遊んでいるように思えます。
 なお、ステンメッツは伝記の「日本語版序文」の中で、ヴェルレーヌの証言から、浮世絵、それも春画のジャンルに属する作品の可能性を示唆しています。

 私が映像に関心を持つ契機を与えてくれた詩が、この「イリュミナスィオン」です。私がこの詩篇と「イリュミナスィオン」というタイトルから受ける印象は、静的な(スチルな)絵画、版画、写真というよりも、より動的な、写真、スライドショー、CG 、フラッシュムービー、ショートビデオなどの短いけれど時間が封じ込められた映像集、つまり現代の CD-ROM あるいは DVD-ROM という印象です。もちろん、CG やムービーは当時は無かったものです。ランボーの構想のなかに、写真が考えられていたとは思っていませんでした。当時の実際の写真が、ランボーのイリュミナスィオンの構想に当てはまるとも思えませんでした。
 ところが、鈴村和成氏は、「ランボー、砂漠を行く」(副題「アフリカ書簡の謎」/岩波書店/2000年)の中で、"coloured plates" を「カラー写真」と解釈し、ランボーと映像の関わり合いを考察しています。「プレート」には、(写真の)「乾板」という意味もありますから、ランボーがイリュミナスィオンを「カラー写真集」として企画したと考えることも可能です。もちろん、当時の実際の写真術というより、写真的映像方法という意味でしょう。この本には、ランボーがアフリカで写真機を取り寄せ、写真、特にセルフポートレートを撮影したことについての考察もあり、興味深いです。

ランボー、砂漠を行く

 私には、ランボーが「イリュミナスィオン」で企画した「カラー写真映像」は、ランボーの言語能力でしか実現できなかった映像のように思えます。アフリカでランボーが実際に撮影したモノクロームの写真には、砂漠のように乾いた虚無を感じます。しかし、これは見る側の私的な感想かも知れません。レンズが映し出した映像は、単なる画像でしかありません。人が視神経の情報から瞬時にして視像を作り出すように、写真もレンズと(当時は)乾板を使用して人が画像を作り出します。現在のようにオートマチックなデジタルカメラが無い時代ですから、ランボーにとって画像を作り出す作業は、(かっての言語表現に比べても)まどろっこしい作業で興味を失ったのではないかと、私は考えています。ランボーはアフリカで高価な写真機材を手に入れながら、数少ない写真しか残していません。様々な技術書を取り寄せたり、調査報告書を書いたりしましたが、「ブルジョワの魔術」(「歴史的な夕べ」)は、経済的な結実をランボーにもたらしませんでした。

掲載:2000年10月31日、2001年9月15日、2004年9月1日

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