初期詩編

"mer 1998" - Doll & Photo : Dollhouse Noah, CG : Kunio Monji

Poésies

Le Bateau ivre
酔っぱらった船

悠然と流れる「大河」を下っていったとき、
船曳たちに引かれている感覚は、ぼくにはもうなかった:
「インディアンたち」が甲高い声を上げながら、船曳たちを
的にしようと色とりどりの杭に裸にして釘付けにしたのだ。

1

ぼくは船乗りのことは全く気にしていなかった、
フランドルの小麦やイギリスの綿布を積んでいた。
船曳たちの騒動が終わると
「大河」は、ぼくが望むところへ下らせた。

2

荒れ狂う潮の波音の中を
前の冬、子供たちよりも聞き分けなく、
ぼくは駆けた! 陸から放れた「半島」も
これほど勝ち誇った手荒な歓迎は受けなかった。

3

ぼくの船の目覚めを嵐が祝った。
生贄(いけにえ)を永遠に転がすと言われる波の上で
船の灯(ランタン)の間抜けな目を懐かしむこともなく、
コルク栓よりも軽く、十夜、ぼくは踊り続けた!

4

子供たちには酸っぱいリンゴの果肉より甘い、
緑の水が、ぼくの樅の船体(からだ)に染み込み
安ワインと反吐の汚れを洗い
舵も錨も流し去った。

5

それから、ぼくは「海の詩」に浸った、
銀河の光を注がれて、乳色に染まり、
緑なす青空を貪り;時おり、うっとりと
物思いにふける青ざめた溺死人が沈んでゆく;

6

突然、青海原を染めながら、太陽の
真っ赤な輝きの下で、アルコールより強烈な錯乱と、
ぼくらの竪琴より広大なゆったりとしたリズムで、
「海の詩」に、愛欲の苦い赤茶色の染みが発酵する!

7

ぼくは雷光で裂ける空を知っている、竜巻も
怒涛と海流も:ぼくは夕暮れを知っている、
白鳩の群れのように舞い立つ夜明けも、
人が見たと信じてきたものを、ぼくは何度も見てきた!

8

ぼくは見た、長いスミレ色の固まりを照らす、
神秘な恐れが染みついた沈む太陽を、
大昔の劇の俳優たちのように
よろい戸の慄きを遠くまで転がしている波を!

9

ぼくは夢見た、目を眩まされた雪の舞う緑の夜、
ゆっくりと海の目に昇るキスを、
未知の精気の循環を、
美しい声で歌う燐光の黄と青の目覚めを!

10

ぼくは追った、興奮した牛のように
暗礁を襲ううねりを、大の月には、
マリアたちの輝く足が、息の荒い「大海原」の
鼻面を押さえ込めることも忘れて!

11

ぼくはぶつかったぞ、驚異に満ちたフロリダに
花に混ざっているのは人の肌をした
ヒョウの目だ! 手綱のように張り渡された虹が
水平線の下、海緑色の家畜の群れに!

12

ぼくは見た、巨大な沼地が発酵するのを
イグサの中でリヴァイアサンが丸ごと腐る簗だ、
凪いだ海の真ん中の海流と、
海の果てが滝のように深淵に流れ落ちるのも!

13

氷河、銀色の太陽、真珠母色の波、燠火の空を!
よじれた木々から悪臭を放ち
ナンキンムシに貪り食われた大蛇が落ちてくる
茶色の入江の底の忌まわしい座礁を!

14

子供たちに見せたかった、青い海の
この銀の鯛を、この金の魚を、この歌う魚を。
―暗礁を離れるぼくを、花咲く泡がゆすり
えも言われぬ風が、ときどきぼくに翼をくれた。

15

ときおり、極地にも太洋にも疲れた殉教者を、
海は、すすり泣きでぼくをやさしく横揺れさせ
黄色い吸盤のある黄土色の花をぼくに差し出した
ぼくはひざまずいた女のように、留まっていた…

16

鳴き喚く金茶色の目をした鳥たちの喧嘩と糞を
船べりで揺すりながら、ぼくはほとんど小島になっていた
そして、弱った舫綱を横切って溺死者が眠りに沈んでいった時
ぼくは、思わず後ずさりした!…

17

ところが、入江の髪の毛の下に迷い込んだこのぼくは、
ハリケーンに鳥もいない天空(エーテル)の彼方に飛ばされて、
モニター艦でもハンザの帆船(ふね)でも、水に酔った
ほくの骸骨を引き上げることはできなかっただろう;

18

気ままに、煙を吐きながら、紫の霧に乗って、
ぼくは赤く映える壁のような空に穴を開けて
お人好しの詩人好みの、太陽の苔と青空の鼻汁の、
美味なジャムを、ぼくは運んでいる、

19

ぼくは駆けていた、電光の三日月があちこちに染みて、
黒い海馬(ヒッポカムポス)たちに牽かれた、狂った板子となって、
燃え上がる漏斗の渦巻く群青の大空を
7月たちが棍棒で打ち壊していた時に;

20

ぼくは戦慄いていた、50海里彼方の
怪獣ベヒモスと巨大な渦潮とが発情したうめき声に、
青い大海原を永遠に漂うぼくには、
古い胸壁で囲まれたヨーロッパが懐かしい!

21

ぼくは群れなす星を見た! 船乗りに
開かれた果てしない空の広がる島々も:
―この底無しの夜の中に、君たちは隠れて、眠るのか、
百万羽の金の鳥たちよ、おお、未来の「生命力(ちから)」よ?―

22

でも、そうだね、ぼくは泣きすぎた! もう「夜明け」は悲しい。
月はいつもぼくを苦しめる、太陽は常に苦い:
激しい愛欲に恍惚となり、ぼくは無気力で満たされた。
おお、竜骨よ、砕け散れ! おお、ぼくは海に沈みたい!

23

もしも、ぼくがヨーロッパの水を望むなら、
暗くて冷たい水溜り、香りに満ちた夕暮れ時
悲しみで胸がいっぱいの男の子が
五月の蝶のように儚い舟を放す。

24

おお、波よ、君の物憂さに浸されて、ぼくにはもうできない、
綿布を積んだ船を追い抜くことも、
軍旗と小旗をはためかせたおごった船を横切ることも、
囚人船の恐ろしい目の下を掻い潜ることも

25

フランス語テキスト

注) フランス語テキストは、ヴェルレーヌの筆写原稿写真版を元として、各全集を参考にしました。

訳注)
第1節
・船曳(ふなひき):船を綱で川岸から上流に引く人(事)。
第2節
・フランドル:フランドル伯爵領からきた地名、オランダ南部、ベルギー西部、フランス北部。
第11節
・マリアたち:エルサレムから追放された3人のマリアたちが海路、カマルグのサント・マリー・ド・ラ・メール市(海からのマリアたちの意味)を訪れたという伝説を踏まえています。
第13節
・リヴァイアサン:旧約聖書に出てくる巨大な海の怪獣。フロリダなのでワニを連想しますが、龍、蛇、鯨などにも使われます。
第16節
・黄色い吸盤のある黄土色の花(複数):タコのことでしょう。
第18節
・モニター艦:アメリカ南北戦争時に北軍が使用した鉄板で装甲された動力軍艦。
・ハンザの帆船:中世の都市間交易から発展したハンザ同盟の帆船。
第20節
・海馬(ヒッポカムポス):ギリシア・ローマ神話の馬頭魚尾の怪獣。ギリシア神話では、海神ポセイドーンの乗る戦車を引く。
第21節
・ベヒモス:旧約聖書の陸に住む巨大な怪獣、オスしかいないとされます。
・巨大な渦潮:マエルストロームと呼ばれています。

翻訳:門司 邦雄
掲載:2001年10月21日、2003年11月22日、2011年7月25日、2012年6月14日、2020年12月12日


Bon Voyage!


 「酔っぱらった船」は、1871年9月、ランボーがヴェルレーヌの招待でパリに出た時に、手土産として持っていった詩です。現在残っているテキストは、ヴェルレーヌが筆写したもので、ランボーのアルデンヌの発音を示すアクセント記号が付いていると原書の注に書かれています。手書き原稿の写真版を見てみましたが、確かに、通常のアクサン以外に、山形などのマークが付けられています。ただ、それがどのように読まれたのかは、私には分かりません。
 パリに出てきたランボーを、ヴェルレーヌは、彼の詩人仲間であるパルナシアン(高踏派詩人)の集まりに連れて行き、そこでランボーは「酔っぱらった船」を急いた感じで朗読しました。少年詩人のデビューとしてセンセーショナルに受け止められたことがランボーの伝記に書かれています。この出来事が、会に出席したメンバーから欠席したメンバーへの手紙に書かれ、証言ともなっています。
 なお、最初の行、直訳すると「私が無感動の impassible 「大河」を流れ下ったとき、」の impassible は、非情のとも無情のとも訳されていますが、当時のパリの高踏派詩人の不感の美学、無感動の美学を指しているという説もあります。
 この詩は、かつてランボーが『パルナス・コンテンポラン』に掲載して欲しいと、「オフェーリア」や「センセーション」を送った高踏派の詩人、バンヴィルの前でも朗読されました。バンヴィルに会った時に、ランボーが「アレクサンドランを廃止すべき時がやってくる」と言ったというバンヴィル自身の書いた記事も残っています。「酔っぱらった船」に対するバンヴィルの意見、冒頭を「私は船であり……とした方がよかった」に対し、ランボーは出て行くとき、悪態をついたというドラエーの証言もあります。(以上、主にプティフィスとステンメッツの伝記より)
 当時はのフランス(パリ)では、船が詩や歌の大きなテーマでした。シャンソンのテーマにも船はよく使われました。マラルメも船遊びが好きでしたし、もう少し後ですが、写真家アジェもセーヌ川で模型の船を浮かべる遊びの写真を撮影しています。
 「酔っぱらった船」の詩としての新しさは、やはり(バンヴィルの意見とは反対に)いきなり船として動き出してしまうことかも知れません。ここに「見える者の手紙(見者の手紙)」にある「私は、他者である」の実詩作例を見ることができると思います。 「酔っぱらった船」は、ランボーの見える者の詩法の最初の大きな成果です。海を見たことのない16歳の少年が、川遊や読書体験から想像力で作り上げた詩です。ランボーにヒントを与えたと思われる原典もかなりたくさん指摘されています。ぼくはここに現在のアニメーションやゲームの世界の先駆けを見てしまいます。
 ランボーが見える者(見者)の詩法を、「論理的な錯乱 raisonné dérèglement (直訳すれば、論理に基づいた(精神の)変調・異常)」と規定したように、船は酔いどれても、詩は論理的に書かれています。「酔っぱらった船」はボードレールの「旅」をとても意識して書かれたと思われます。それは詩人として認められたいランボーの確かな意図だったのでしょう。確かに、「酔っぱらった船」は、パリでヴェルレーヌを含む詩人の集いでセンセーショナルに受け止められました。その意味では、ランボーがこの詩に託した意図は、何割かは成就したのでしょう。でも、だからと言って、ランボーにパリで詩人として生活する道が開けた訳ではありません。彼は、それも幾らかは予感しながらこの詩を書いたのでしょうか。

 ランボーが具体的にどのようにパリ・コミューン(1871年3-5月)に参加したかは記録が残っていませんが、パリに馳せ参じたランボーは津波のように激しい体験を味わわざる得なかったでしょう。パリ・コミューンが陥落する少し前にランボーはシャルルヴィルに戻っていて、見える者の詩法を編み出し、イザンバールとドムニーに「見える者の手紙」を書き送っています。手紙に引用された「処刑された心臓」(別タイトル「盗まれた心臓」)という詩は、ランボーが兵士たちに侵されたことを打ち明けています。身体は船に見立てられ、「船尾でよだれをたらす」。「酔っぱらった船」では、この体験が第5節の「手荒な歓迎」と言い換えられたと思われます。そして、「アブラカダブラ三角波」ではなく、「緑の水」が「安ワインと反吐の汚れを洗った」のでしょう。
 ぼくには、「酔っぱらった船」には、ランボーのヴェルレーヌに対する訴えかけも含まれているように思います。少年の性的な煩悶が表出されているこの詩には、ヴェルレーヌの庇護を求める攻撃的な欲望が隠されているように思えます。特に第7節は、そのまま後期韻文詩編の「永遠」の絶頂を暗示しています。
「永遠」の「見つかった retrouver 」は、re + trouver で、(既に)知っているものが見つかった意味です。同様にネットの「検索」を意味する言葉は、rechercher で、(既に言葉として)知っていることを探し出します。名前も知らない未知のものは、名前で検索することはできません。
 それでは、過去に向って船を出しましょう。

第1節
 印象的な第1行です。「悠然 impassibles 」は、非情あるいは無情とも訳されてきました。無感情という意味に捉え、感情過多のロマン派に対抗して形象美と技巧を重視した高踏派詩人たち(パルナシアン)の世界を表していると捉えることもできます。なお、この冒頭の行は、音読すると、コム ジュ デサンデ デ フルーヴ ザンハシブル となります。時に、は quand カンではなく、comme コムが使われて、音としては押さえて始まります。デの音の繰返し、アンパシブルがリエゾンして、ザで始まるなど、やがて波乱に向う船を暗示する効果を出しています。
 この節の構成は2行+2行で、原詩ではコロン(:)で区切られています。後の2行は前の2行の説明です。船曳たちが船を曳いて行く途中で、インディアンの襲撃に遭い、引き綱を放たれた船は海に向かって押し流されていきます。インディアンと大河から、この川はアメリカ最大の川であるミシシッピ川(インディアン語で大きな川)をイメージしたと考えられます。ミシシッピ川の流域はかつてはフランス領であり、フランス語の地名も多くあります。なお、甲高い声を上げる criards と訳しましたが、衣装がけばけばしいとも取ることができます。
 この詩を読み進めていくとフロリダ半島(第12節)モニター艦(第18節)が出てきます。モニター艦はアメリカ南北戦争(1861-1865年)で北軍によって始めて使われた平たい装甲艦です。アメリカ南北戦争ではフランスは入植地の南軍を支援しました。
 船曳は黒人奴隷かも知れません。ランボーにとってアメリカの黒人奴隷はどのように受け取られていたのでしょう。『地獄での一季節(地獄の季節)』は、書き始めた時は「黒人の書」「異教徒の書」というタイトルでした。ランボーはアフリカの黒人=異教徒と捉えていました。インディアンもまた異教徒です。南北戦争の一因になったと言われるストウ婦人の『アンクルトムの小屋』は、1852年発行ですが、黒人トムの従順な態度はキリストの受難を模していると読まれています。この詩の「裸にして釘付けにした」も十字架に架けられたキリストの受難を思わせます。異教徒(インディアン)がキリスト教徒を殺害したので、ぼくである「船」は使役から解放され、大河に流され、やがて海に出ます。ランボーは史実からも詩の舞台を演出し、詩人自身である「船」を解き放ちました。船は、無感動の大河を下り激情の海に出て行きます。

第2節
 フランドルは、フランドル伯領から来た言葉で、オランダ南部、ベルギー西部、フランス北部です。毛織物で早くから豊になった地方です。フランドルの小麦は、当時のアメリカでは製菓材料などに使われる高級品だったのでしょうか。アメリカ南部は気温が高いので、小麦の栽培には適していません。イギリスの綿布は、原詩ではイギリスの綿(コットン)となっています。イギリスは、安い綿花を植民地などから輸入し、紡績機械で大量の綿製品を製造し、輸出していました。輸送船である「船」は、アメリカ南部からイギリスに綿花を運び、イギリスからは綿製品、フランドルから小麦粉をアメリカに運ぶのでしょう。なお、南北戦争時はアメリカ南部からのイギリスへの綿花の供給が途絶えました。
 この節で、船がヨーロッパから貿易商品である貨物を運んできたということが分かります。

第3節
 船は河口の渦潮を通過して荒れた海に出ます。混乱は、むしろ海の歓迎の強さを表し、波に揉みくちゃにされる「手荒な歓迎」を受けていると読めます。原詩では「混沌 tohu-bohus 」という言葉が使われています。旧約聖書の天地創造以前の混沌という意味ですから、ダイナミックで寓話的、かつ異教的なイメージなのでしょう。半島が漂流し始めることは、創世記的な地殻変動を思わせますが、浮島と取る人もいます。

第4節
 「船」は輸送船という人間の道具から目覚めます。人間が制御できない時化の海に祝福された「船」は、自由になった喜びで波の上で踊ります。
 「船の灯(ランタン) falots 」は、船などで使われる大型のランタンで、日本では船ランプとも呼ばれます。ジャンコラ編全作品集には、船尾高く点けた標識灯のことで、旗艦(海軍大将乗艦)3個、海軍少将乗艦2個、軍艦1個が義務付けられていたとあります。輸送船が軍艦に先導されて進むことを意味しているのでしょうか。使役から開放された自由になった船には、もう間抜けな目の庇護も監視も求めることはありません。

第5節
 自由に目覚めた船は、緑の海水で身も心も洗われます。人間が船を操縦したり停泊させたりする道具であった舵と錨は流し去られ、船乗りたちに汚された染みもきれいになります。
 ここにも「子供たち enfants 」が出てきますが、この詩全体を通して、船と子供の強い共感が描かれています。リンゴは、アダムとイブのリンゴでもあり、酸っぱいリンゴには幼い性への暗示があると思います。
 「樅 sapin 」は、『イリュミナスィオン』の「夜明け」にも出てきます。クリスマスツリーから来たイメージなのでしょうか。

第6節
 荒れた海から穏やかな海に、大海原の表情が変わります。海ではなく「海の詩 le Poème De la Mer 」としたのは、この詩がパリ詩壇に対するプレゼンテーションとして書かれたからでしょうか。水死人は、「海の詩」に酔って自我を失くした詩人なのかも知れません。
 フランス語では「天の川」は「乳の道 Voie lactée 」です。英語の Milky way と同じです。2行目は原詩では恒星(複数)を浸して、乳色になってとなっています。

第7節
 この節は、前節の「海の詩」の続きです。第5節の子供たちには酸っぱいリンゴより、つまり未熟な異性愛より甘い緑の海水が、第6節では船を取り巻く「海の詩」となります。続くこの第7節では、太陽が、穏やかな海、つまり「海の詩」を赤茶色に染めて、アルコールの酔いよりも強烈な錯乱である愛欲のエクスタシーが発酵します。竪琴はアポロンの竪琴、つまり「詩」を表しています。後に、後期韻文詩編の「永遠」で同性愛のエクスタシーを詠うことをランボーは既に予期していたのでしょうか。この詩の起承転結の起の部分に当たる第1節~第7節では、幼いランボーがムーズ川に綱で泊められていた小船に兄とともに乗り込み、激しく揺らして遊んでいたという実体験の反映を感じさせます。

第8節
 この節からは、船のさまざまな体験が展開されます。これまでは、ランボー自身の願望とムーズ川での体験の反映が濃かったのですが、ここからは、読書などで得た知識が主体となります。バーチャルな体験であることを隠すように、見た、知った、などの体験を表す動詞が使われます。この体験の列記は、ボードレールの詩集『悪の華』の最後の詩「旅」を強く意識して書かれたと思われます。

        語りたまえ、あなたがたは何を見てきたのか?

        「私たちは星を見た、
        海を見た。砂漠も見た。

第9節
 第7節で海面を染めた夕日が、水平線に近づき沈もうとしています。水平線下に沈んでゆく太陽は死の恐怖に怯えています。

 「秋だ! 既に。だが、どうして永遠の太陽に未練があるのだ、おれたちが神の光の発見を託されたのであれば―季節の上に死んでゆく人々からは遠く離れて。」(「永別」)

 すみれ色の凝固 figements は、水平線上の夕焼け雲でしょう。よろい戸は波立った海であり、慄きは波の動きとともに太陽が沈む(死ぬ)恐怖を表しています。凝固は、ボードレールの詩から取られたとされています。

 太陽はこごれる( se fige )その血に、身を沈めた。(ボードレール「夕暮れのワルツ(夕の諧調)」)

第10節
 この節は、幾人かが指摘しているように海中のイメージだと思われます。海上に浮かんでいる「船」にとっては、目に見える光景ではなく、夢に見る光景なのでしょう。
 海の目とは何でしょう。後期韻文詩編の「思い出」には、水の目 oeil d'eauという言葉があります。私は、水面の渦のことであり、水面が円錐形に凹んでいることだと考えます。海中から海の目に上がる無数の気泡の群れを雪に例えているのでしょうか。キスは単数形ですが、集合イメージ的に捉えます。ゆっくりと avec lenteurs は複数形ですが、ジャンコラは19世紀の用法で、集合性の表現と記しています。 雪はメキシコ湾にはあまり似合わないかも知れませんが、ここは、あくまでも夢の世界です。

第11節
 この節のポイントはなんといってもマリアたちです。宇佐見斉の翻訳の注にも、カマルグのマリアのことが書かれています。
 ゴッホの絵で有名なアルルから南西方向に農村地域とローヌ川河口の三角州の湿地帯が続きます。この一帯がカマルグと呼ばれています。牛や馬の放牧が行なわれ、半野生化した美しい「カマルグの白い馬」が有名です。闘牛祭が行なわれるという記事もありました。カマルグは、行政区分としては、アルル市とサント・マリー・ド・ラ・メール市( Saintes-Maries-de-la-Mer 海からのマリアたちの意味)に含まれます。

 この海に面したサント・マリー・ド・ラ・メールに海路3人のマリアたちが訪れたという伝説があります。アンティークショップのサイトに詳しい説明があります。
サント・マリー・ド・ラ・メールでは、マリアたちにちなんだ祭が 5月と10月に行なわれます。どちらも31日ある、大の月です。マリアたちの輝く足については、ジャンコラが、聖母マリアが悪魔を象徴した怪物を足で打ちのめしている姿(宗教画など)の想起という注をつけています。
 なぜ、ランボーはここでマリアたちを思い出したのでしょう。ルルドの泉の奇跡以来盛んになったマリア巡礼への想起なのでしょうか。「忘れて」は、Sans songer の意訳です。伝説のことは思い出さずにという意味に取りました。
 ここには、というより「酔っぱらった船」全体に当てはまるのかも知れませんが、幼い頃のキリスト教の影響、カトリックですからとくにマリア信仰、そこには、厳しすぎる母に対するアンチテーゼもあるのかも知れません。そうした思い出を振り切ろうとするランボーの影と、同時に、戻れない幼い日々への愛惜を感じます。

第12節
 「船」は、フロリダ半島に衝突しました。フロリダ Florida は、花祭りの意味のスペイン語から来ているそうです。「船」は、ミシシッピ川を下り、メキシコ湾を東に漂流し、フロリダ半島(複数)に衝突した(座礁した)のでしょう。
 たくさん咲いている花の間からは、獣の眼が覗いています。黒人-黒ヒョウと取っていましたが、むしろ具体的な動物かも知れません。フロリダパンサーは、19世紀後半にはアメリカ東部の州からはほとんど姿を消したヒョウで、眼はネコ目でなく、人のように丸い虹彩です。皮膚(毛皮)は、どこかインディアンのような趣も感じられます。ランボーは、この獣のことを知っていたかも知れません。

 衝突したもうひとつの物は、こちらも複数の虹です。この虹は、手綱のように動物に繋がっています。家畜の群れ troupeaux (複数)は、羊の群れを意味することが多く、訳もしばしば「羊の群れ」となっています。でも、羊は白く雲のイメージと取れ、水平線の下には合わないように考えました。濃い褐色の馬(の群れ)を、海緑色の波に喩えたのではないでしょうか。
 虹の手綱と言えば、きれいなイメージですが、手綱ですから、虹は弓 arc を形作っていません。むしろ、逆アーチで中央は下の方に垂れるでしょう。ランボーはわざわざ、地平線の下と Sous l'horizon と強調しています。虹(複数) arcs-en-ciel は、フランス語では空の弓(アーチ)です。聖書では、創世記に天と地の契約のしるしとしてノアの洪水が引いた後に現われます。しかし、虹(複数)は、天に向わずに海に向って下がっているのです。ですから、繋がれているのは、神の僕である羊ではない家畜でしょう。実際には、雲間から放射状に漏れる大洋の光をイメージしたと思います。
主の羊の群れ troupeaux du Seigneur で、キリスト教徒という意味になります。第12節に続いてキリスト教の力の及ばない自然の世界に「船」が座礁したことを語っています。

第13節
 沼が巨大なものを飲み込むのは、ポーの「アッシャー家の崩壊」を指摘する読みもありますが、ランボーのムーズ川の体験などから、出典を考えなくてもよいように思います。
 イグサ jonc は灯芯草(燈芯草)とも訳されます。イグサの茎の髄を乾燥させ和紙で巻いて和ロウソクの芯としたそうです。ランプの芯にも使われたようです。しかし、ヨーロッパでは、ランプの芯として使われたか調べて見ましたが、分かりませんでした。
リヴァイアタン(リヴァイアサン)は、旧約聖書の『ヨブ記』『詩篇』などに出てくる海の怪獣(怪物)です。悪魔という意味もあるようです。姿としては、(想像上の)龍、ワニ、蛇として描かれていました。近代では、鯨(メルヴィル)、絶対主義国家、群集、巨大な船(帆船でも蒸気船でも)の喩としても使われました。ここでは、海水の混じる沼の広がるフロリダ半島と考えると、ワニと考えるのが自然かも知れませんが、座礁した船が朽ちて行くことを描いたともとれます。
 この節の3、4行目と次の第14節の1行目は、実際の情景というよりも、観念的イメージと思われます。

第14節
 この節の初めの「ぼくは見た」は、省略されているのでしょう。最初の氷河 Glaciers にヴェルレーヌが間違って感嘆符を付けて消しました。ヴェルレーヌは、ランボーの朗読を聴いたでしょうから、第1行は、全ての名詞に感嘆符の付いた、ひとつのスペクタクルなのでしょう。氷河は、海に流れ出した氷山かも知れません。イメージを羅列したように見えます。ここは、第16節の「極地にも太洋にも疲れた」という言葉を引き出すための伏線として、座礁した船が過去をフラッシュバックするように挿入したものと思われます。「酔っぱらった船」は急いで書き上げたために、映像の流れが、一部、錯綜したのでしょう。 2行目からは、13節のフロリダ海岸に続いているように見えます。イメージ的には、前節の簗に似ています。「船」は自らの座礁も見ているのでしょう。

第15節
 アレクサンドランの音韻規則に従うためでしょうか、ランボーの造語がふたつ使われています。
dérades < dérader 嵐のため停泊地を離れる。動詞を名詞化
ailé < aile 翼、羽 名詞を動詞化

 この節は、「酔っぱらった船」が暗礁から離れるシーンと読めます。座礁した船の周りに広がる明るい浅瀬の情景に見えます。魚には「この ces 」と特定する形容詞が付いています。dorades は和名ヘダイ、銀色のタイです。シイラという訳もありました。ジャンコラはシイラと取っています。シイラは英語で dorade の呼び名もあります。dérades との音を合わせるために選ばれたのでしょう。同時に次の金の魚との対比の意味もあると思います。歌う魚は、この時代ですからアニミズム表現と読みました。「子供たちに見せたかった」は、幼いランボーの欲望の記憶でもあるのでしょう。
 泡の花ではなく、花の泡ですね。波と風によって船体や岩礁に付着する泡なのでしょう。「船」が座礁から風の力で脱出していく様を美しく描いています。

第16節
 この節で難しいのは、殉教者 martyr は誰かです。アダンは 「船(私)」 moi と取っています。ブリュネルは、海 La mer と取っています。構文的には、後者となりますが、女性名詞の「海」が、男性形の殉教者 martyr (女性形は martyre )と同格というのも不思議です。「船」は自由と未知の愛の殉教者と考えられますが、「海」の場合は何の殉教者か、ランボーは示していません。さらに、花を差し出す方よりも、差し出される方が殉教者でしょう。構文的な無理をそのままに訳しました。この殉教者のイメージは、最後の第23節から第25節の伏線になっています。
 黄土色の花(複数)は、たくさんの小さなタコが腕(足)を半開にして花のような姿で泳いでいるイメージと取っています。なお、黄土色 ombre は影と訳することもできます。

第17節
 Presque île は、ヴェルレーヌの筆者原稿では、真ん中の e の上の省略符号のようなものが2本線で消してあります。Presqu'île (狭い半島)を書き直したのでしょうか。なお、île には、アクサンがふってありません。
 この節でも、「酔っぱらった」船は航海をしているというよりは、座礁したまま漂っているように描かれています。船は傾いていて、上になった船べりには鳥がたくさん止まり、縄張り争いもあるのでしょうか、煩く鳴いています。鳥の糞が、船の上に固まっています。遠くから見ると、船は(小)島のように見えるのでしょう。
 後ずさりして à reculons を溺死人の説明と読む訳もありますが、むしろ前の行の漂う、航行するという意味の動詞 voguer の説明と読みました。死の闇であるの海の中に沈むことへの恐怖感が現われているように感じます。

第18節
 モニター艦は、南北戦争時に北軍(合衆国海軍)の使用した鉄板で装甲された動力軍艦(装甲艦) USS Monitor から来た名前です。この装甲艦には砲塔が搭載され、マストが無く、海面に出ている高さが低い独特の形で、水路封鎖・対地攻撃・沿岸防衛などに使われました。南北戦争での装甲艦同士の戦い(1862年ハンプトン・ローズの海戦)以降、木造の軍艦から、鉄板の装甲艦へと変わっていきました。
ハンザ同盟は中世後期に北ドイツを中心にバルト海沿岸にかけての都市同盟。海上交易を独占していました。

 この節は、起承転結の転の始まりにあたると思います。入江に沈んだ船が、ハリケーンで空に飛ばされたと読むと、次の第19節との繋がりが見えてきます。
 3行目と4行目はどういう意図で書かれたのでしょうか。「船」の残骸は、もうフロリダ沖には見あたらなかったと言うことでしょうが、けっこう遊んだ表現のような気がします。続く第19節の全くの空想の世界への伏線のなのでしょう。

第19節
 第19節では、「船」であるぼくはフロリダ近海で浅瀬に捕まってしまい、傾いてほとんど身動きが取れなくなっていたのに、ハリケーンに飛ばされてしまった。空に放り出された「船」は夕焼け空に穴を開けています。これはすでにゲーム的バーチャルワールドです。
 問題は、運んでいる(持っている) Qui porte 主体が、Moi (船)なのか、壁 mur なのかです。mur として、描写の比喩的説明として、壁つまり夕焼け空にちぎれ雲が浮かんでいる情景のランボー的表現と捉えらた邦訳が多いです。
 しかし、第20節の冒頭も、Qui courais, で始まり、第21節の冒頭は、Moi qui tremblais, となっています。いずれも Moi (船)にかかっています。
 そのことを考えると、また第17節、第18節が自嘲的な調子で語られていることから、ここも自嘲的な語りであり、Moi (船)と考えました。

 「船」が詩人自身をなぞらえているとしたら、1行目の、煙を吐きながら fumant はタバコの煙なのでしょう。突然、帆船が蒸気船になるのも変ですし、湯気を立てるのも奇妙です。架空の幽霊船?であれば、タバコもふかせるのでしょう。
 原詩(ヴェルレーヌ筆写原稿)では、2行目末と4行目末がカンマで、3行目末は無しです。ですから3行目のジャム confiture と原詩4行目の「太陽の苔」「青空の鼻汁」は、同格ではないでしょう。むしろ des + les で、何々で出来たという意味に取りました。「船」が、太陽の苔と青空の鼻汁で出来たジャムを積んでいると読みました。
 壁に穴を開けていたは過去(時制は半過去)であり、積んでいるのは現在形です。類似した過去と現在の共存は第21節にも見られます。当時の詩のイメージを汚いジャムと表し、それを「船」(詩人ランボー)はまだ積んでいるのでしょう。
 穴を開けられた(半過去)夕空にジャムが付いている(現在)と取ると、時間的矛盾が生じます。また、太陽の苔は夕焼け空の雲、雲の端というイメージですが、青空の鼻汁の方は、赤く輝く夕焼け空に青空が覗いてるとは考えられません。
 パリ・コミューンで見える者になったランボーですが、まだ、ロマン派や高踏派の詩の残滓を積んでいる。今も積んでいる…のでしょう。

 ここでは船が、突然、ジャムを積んだ幽霊船となってしまいます。ランボーはサルガッソー海の海難事故(の伝説)をヒントにしたのではないかと考えています。大西洋のアメリカよりの海域で、海流が渦を成していて、その中心には海草が集められます。無風状態で、亜熱帯の海に捕まった帆船は、身動きが取れなくなり、船員は食料が無くなり死亡し幽霊船となり、やがて船は腐り、フナクイムシなどに喰われて沈んでいきます。

第20節
 夕空に穴を開けて、バーチャル世界に飛び出した「船」が描かれます。神話の世界と空想の世界が混ざり合って、まるで現代のゲームの世界のようです。「船」は、当時の詩の残滓を積んだまま、SFの船となり、神話の動物に牽かれて、パリ・コミューンの空を駆けます。
 電光(電気)の三日月 lunules électriques は、船室の丸窓をイメージしたのでしょう。ジューヌ・ヴェルヌの「海底2万里」(SF冒険小説)のノーチラス(オウム貝)号からのイメージとされています。ノーチラス号の動力源は電気でした。明るく見える(潜水艦)船体の丸窓からイメージしたと思います。電気照明の発明は、1815年にデーヴィ(英)がアーク放電の実験をしたのが始まりとされます。19世紀中頃からはアーク灯が灯台の灯りとして使用されました。1878年スワン(英)が白熱電灯を発明、長時間使用できる白熱電球の発明は1879年エジソン(米)です。
 「海馬」はギリシア・ローマ神話のヒッポカンプス、馬頭魚尾の怪獣。なお、タツノオトシゴの意味もあります。ウィキペディアには、「ノルウェーとイギリスの間の海に棲んでいて、ギリシア神話に登場する。ポセイドーンの乗る戦車を牽くことでも有名。」とあります。日本語の「海馬」は「ウミウマ」とも読み、タツノオトシゴのことですが、トド、アシカ、ジュゴンなど異名(誤称)でもあります。
 漏斗は竜巻のイメージでしょう。さらに漏斗には、砲撃で地上にできた(漏斗状の)穴という意味もあります。複数の7月の意味は、1789年7月のフランス革命(バスティーユ監獄襲撃)、1790年7月の建国記念日式典、さらに1830年の7月革命と、複数形によって革命の暴動をイメージ化したのではないでしょうか。

第21節
 ベヒモスは旧約聖書ヨブ記の巨大な怪獣で陸に住みます。マエルストロームはノルウェー沖の巨大な潮流です。ベヒモスは、雄しかいない怪獣であり、メイルストロム(マエルストローム)は、海の渦潮ですから、ここでは épais がつき、巨大な女性(女性器)です。「永別」に出で来るような、全てを飲み込む女性 Elle の象徴でしょう。渦潮の恐怖は、ヴェルヌの『海底2万里』から取られたのでしょうか。ノーチラス号は渦潮の中で消えてゆきます。
 前節に続いてランボーとしては異色の空想性の強いイメージです。その意味でも、「酔っぽらった船」は、ランボーの詩の中でも異色の作品と思えます。同時代の詩壇に対するプレゼンテーションとして書かれたため、ボードレールの作品など、多数の文学作品を強く意識し、素材としても取り入れた要素が多いためだと思います。

 「船」は、かつては嫌悪して出てきた(逃げてきた)胸壁に守られたヨーロッパを懐かしんでいます。胸壁は銃眼のある防御壁です。原詩のヨーロッパも複数ではなく単数であり、具体的なヨーロッパ大陸を意味しています。ヨーロッパ大陸であるとともに、ランボーの生まれ故郷シャルルヴィル近郊のアルデンヌの霧深い自然でもあります。悲しい故郷への夢想は、第24節の少年の日に玩具の舟を浮かべた水溜りに繋がっていきます。

第22節
 果てしない délirants と訳したところは、錯乱したと訳すこともできます。しかし、言葉の第2義として、計り知れない、溢れるばかりのという意味があり、こちらに取りました。

第23節
 第22節が変調の伏線でした。この第23節では、一気に悲劇に落ちてゆきます。ここでは、既に後期韻文詩編の世界、「五月の軍旗」「最も高い「塔」の歌」「「永遠」」「(幸福)」を思わせる激情が吐露されます。でも、ここは見える者と自惚れる少年詩人の予見であり、荒々しい愛欲 L'âcre amour は、実体験に基づく叙情ではありません。
 ここに、後のヴェルレーヌとの愛欲の世界への誘いを読むことができると思います。その誘いは、第24節にも当てはまるでしょう。

 愛欲で満たされたのだから、もう平凡な繰返しの日常が辛いのです。というより、「最も高い「塔」」に上ってしまったら、この世は退屈な地獄です。満たされない日常を強いられるのなら、愛欲に溺れ死にたいというメッセージが、4行目には隠されていると思います。

第24節
 少年時代の悲しく澄んだ思い出の、儚い救いの夢が語られます。水 eau を単数にしているのは、海水ではなく水という意味を強調するためでしょうか。ランボーは、ヨーロッパの(とある)水と書いています。水溜り la flache には、アクサンと定冠詞が付いています。アクサンは3行目末の放す lâche との音合わせもあると思われます。ジャンコラの注には、アクサンはアルデンヌの発音によるとあり、さらに la flache は19世紀の辞書によると、粘土質土壌の林にある沼の意味で、アルデンヌ方言ではなく、沼、水溜りを現す19世紀フランス語ともありました。ランボーにとって思い出のあの池なのでしょう。どんな香りに満ちた夕暮れなのでしょうか、霧深いアルデンヌの森の香りなのでしょう。

 池が具体的なのに対して、幼いランボーが反映された男の子は不定冠詞です。これは、思い出の中の話だからでしょうか。五月の蝶は、後期韻文詩編の「渇きの喜劇」の「5. 結論」を連想します。

        草原の中で震える鳩も
        夜に見て駆ける、狩の獲物も
        水辺の獣も、家畜も、
        最後には蝶も!…みんな喉が渇く

        むしろ、あてもないこの雲の融けるところに融けるのだ、
        ―おお! さわやかさに包まれて!
        夜明けがこの森を満たす
        夜霧に濡れたすみれの中で死ぬことか?

 放す lâcher は、鳩や風船を放つという意味で使われるように、自由にする、流れに任せるという意味であり、力強さとは反対の表現でしょう。この節は、ひたすら弱さ、儚さを表現しています。そして、実現されない夢の後に、最後の第25節が続きます。

第25節
 「酔っぱらった船」の最後を飾る節です。「ぼく Je 」が散りばめられたこの詩の中で、『イリュミナスィオン』を思わせる、他者 Autre 的表現の節です。『イリュミナスィオン』に見られる最後の醒めた1行(ここでは1節)が、既にここに見られます。持って回った表現が多用されています。これは、当時の詩壇に対するランボーなりの技巧の見せびらかしだったのでしょうか。あるいは、きわめて叙情的だった前2節に対して、即物的表現でコントラストを付けたかったのでしょうか。

第25節第1行に来る「波 lame 」は、発音は定冠詞付きの「魂 l'âme 」と同じです。寄せては返す波に、退屈な日常の繰返しという意味を持たせているのでしょう。この波 lame という単語は最後になって出てきました。
 綿布を積んだ船 porteurs de cotons は、酔っぱらう前の「船」の姿、役割であり、次のおごった船は、軍艦のことでしょう。囚人船 pontons について、ジャンコラの注には、パリ・コミューンの数千人の囚人が、ブレスト港で船(囚人船)に監禁された後、ニューカレドニア島に流されたことを想起しているとあります。
 なお、ponton は、一般的には船を繋いだ桟橋、荷揚げの橋、つまり船橋という意味に使われます。かつては日本でも水運用に使われていました。

 あれほど高揚した自由で波乱に富んだ海が、ここでは色褪せて退屈な波に変わり、何もできない(おそらく)座礁した船の残骸があるだけです。しかし、この第25節に限れば、叙情的表現ではありません。
 この詩は、ボードレールの「旅」へのランボーの回答でしょう。「あんたと違って、ぼくは「死」に救いを見出すには若すぎる、人生は退屈でしょうがない、誰か助けてくれ、愛してくれ」という……
 「酔っぱらった船」は、「海の詩」に愛欲の発酵を求めます。無意識か、意識的かは分かりませんが、ランボーからまだ詩でしか知らないヴェルレーヌへの誘いのメッセージを読んでしまいます。やがて、ふたりの詩人は、後期韻文詩の「永遠」を体験に船出します。

        見つかった。
        何が?―「永遠」。
        太陽と一緒に
        行ってしまった海。

Bon Voyage !

解読:門司 邦雄
掲載:2001年10月21日、2003年4月14日、2003年11月29日、2011年7月25日、2012年6月14日、2020年12月12日

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