ヴェルレーヌ

Paul Verlaine

Luxures
淫乱

                           レオ・トレズニクへ

「肉」よ! おお、この世でかじられる唯一の果実、
ただひとつの愛に飢えた者たちの歯で、果汁を滴らす
苦く甘い果実、人の口か、獣の口か、
強者たちの良きデザートと、楽しい食事、

「愛」よ! 生きる恐れが揺るがせぬ
唯一のときめきよ、君の碾き臼で
サバトを選んだ地獄堕ちたちのパンのために
倒錯者と淑女ぶる女のためらいを挽くのが「愛」、

清い若枝の熱の中の冬の夜、
「愛」よ、君は暖炉の側に座って糸を紡ぐ女を夢見る
美しい羊飼いのようにも見える

そして、糸を紡ぐ女、それは「肉」、夢が夢見る女を抱きしめる
その時が鳴る、――聖なる時、だかどうだか!
あなたがたの恍惚に、「愛」と「肉」、どちらが大切か?

 この詩は1884年発行の「 JADIS ET NAGUERE 昔と今(近頃)」の「 SONNETS ET AUTRES VERS (ソネと他の韻文詩)」に収められた詩ですが、ガルニエ版の注( Jacques Robichez )によると、ヴェルレーヌが1873年5月にルペティエへに手紙で「祈願 Invocation」というタイトルで送った詩です。また、レオ・トレズニク(1855-1902)は Zutistes などのメンバーであり、リューテス誌( Lutece 蓮 (ロータス) の意味)の編集長を務めたと解説されています。

 タイトル「淫乱 Luxures 」は、同性愛、ホモセックスの淫乱を言っていると思われます。ランボーは「地獄での一季節」の「悪い血筋」の最初の節で「淫乱がすさまじい」と書きます。ランボーの「イリュミナスィオン」の「青春時代 II ソネ」の1、2行目「普通の体格をした「男」よ、肉は/果樹園に吊り下がった果実ではなかったのか」は、このヴェルレーヌの詩との類似が指摘されています。「果実」は、エデンの園の禁断のリンゴのことでしょう。

 文中の「肉」と「愛」は、大文字で始まり特別の意味を持たせてあります。文頭に来ている呼びかけも同じ意味と考え、「肉」、「愛」と訳しました。「倒錯者」と訳した言葉は、原語は「リベルタン libertins (複数)」で、「自由主義者」「無神論者」という意味から派生し、放蕩者という訳が辞書に載っています。性倒錯で有名なマルキ・ド・サドの「ソドムの120日」は「ソドムの120日またはリベルタンの学校」というタイトルです。今風に言えばアブノーマル・セックスに溺れた人となるのでしょうか、ここでは「倒錯者」と訳しました。「肉」は、肉欲という意味であり、同性愛も含まれます。「愛」は、異性間の精神的なあるいは家庭的な愛なのでしょう。しかし、「糸を紡ぐ女、それは「肉」」と書かれ、「愛」は「肉」への入り口、あるいは幻影(「夢」)という意味なのでしょう。

注)
マルキ・ド・サドの『ソドムの百二十日』は、翻訳が出版されています。
ソドムの百二十日』/マルキ・ド・サド著/佐藤春夫訳/青土社/2002年発行

翻訳・解読:門司 邦雄
掲載:2002年11月3日

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