ヴェルレーヌ
The Descendants of Lilith
Etching Picture by Jin Yamamoto
エルネスト・ドラエーに
ああ! ほんとうに悲しい、ほんとうに不幸な結末。
あまりにも不運で、生きることさえ許されない。
ああ! 褪せた眼差しで血が流れ去るのを見ながら
純真な獣は、ほんとうに死んでしまった。
ロンドンは煙り、叫ぶ。おお、なんという聖書の町!
ガスは燃え、スモッグは漂い、赤い看板が立ち並ぶ。
背の低い老人たちの議会のように、
家々はおそろしくちぢみあがり、怯えている。
ソーホー街のバラ色と黄色の汚れた大通りで、
「これで」、「いいわよ」、「よろしくね」と一緒に
すべての恐ろしい過去が、捨て猫のように泣きわめく。
いや、それはほんとうに希望のない受難、
いや、あれはほんとうに不幸な結末、ほんとうに悲しい。
おお、この聖書の町の上に天の火を!
この詩は、ヴェルレーヌが1884年に発行した「 JADIS ET NAGUERE 昔と今(近頃)」の「 JADIS 昔」に収められた詩です。ヴェルレーヌが1873年にルペティエへの手紙に「冬 Hiver 」というタイトルで載せたとあり、いつなのか調べたのですが、分かりませんでした。73年の1月〜4月に書かれた物と考えることは妥当でしょう。
タイトルの「 Sonnet boiteux びっこのソネ」は、韻律的にソネの形式を完全に満たしていないことから来ている名前と言われますが、むしろ、ランボーとの行き違いを暗示しているタイトルのように思えます。
そう考えて読むと、第一聯(一節)は、『地獄での一季節(地獄の季節)』の「錯乱 I 」に対する貴重な傍証と思えてきます。この死んでしまった純真な獣は、『イリュミナスィオン』の「ボトム」に出てくる鳥や熊のような存在でしょうか。
第二聯からは、ロンドンのソーホー街の描写になります。聖書の町は、創世記のソドムとゴモラのことを指していると言われています。とくに、煙や最後の行の「天の火」は、創世記19章24-28節に対応していると思われます。
第三聯「ソーホー街のバラ色と黄色の汚れた大通りで」は、『イリュミナスィオン』の「首都の」の第一節「果物屋で食べ物を買う若く貧しい家族たちが待ちきれずに住みついた水晶の大通りが、ワインレッドの空に洗われたバラ色とオレンジ色の砂の上に高まり交差した。」を連想せさます。ランボーは、黄色をオレンジ色に変えたのでしょうか。
続く英語部分は、「 indeeds 」、「 allrights 」、「 haos 」と書かれています。「 haos 」は、「 hello 」のことと取りました。ここは、ストリートガール(売春婦)と(外国人も含めた)客のやり取りと考えて訳しました。「捨て猫のように泣きわめく」は、原文を直訳すると「ピョンピョン、ピヨピヨ、ミャアミャア、キャンキャンする」という意味になります。
翻訳・解読:門司 邦雄
掲載:2002年10月7日、2020年8月17日
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