ヴェルレーヌ

Paul Verlaine

Le ciel est, par-dessus le toit
(空は屋根の彼方に)

  (空は屋根の彼方に 「英知 III - VI」)

空は屋根の彼方に
  あまりにも青く、あまりにも静か!
棕櫚(シュロ)の樹は屋根の上で
  その枝を揺する。

あの空では鐘が
  優しく鳴る。
あの樹では鳥が
  嘆きの歌を歌う。

おお、神様、あれが人の世なのですね、
  慎ましく、安らかな。
あの町から聞こえてきます、
  おだやかなざわめきが。

――ああ、あのときの君は、何をしたのだ
  今でも涙が止まらない、
あのときの君は、何をしたのだ、
  君の青春は何だったのだ?

 これはヴェルレーヌの「英知 Sagesse 」という詩集に納められた詩です。1873年7月、ヴェルレーヌとランボーの間で別れ話がこじれて、ヴェルレーヌがランボーの左手首をピストルで撃つ、いわゆる「ブリュッセル事件」が起こりました。同年8月、ヴェルレーヌは禁固2年の実刑判決を受け、10月にベルギーのモンスの刑務所に移されました。服役中にキリスト教(カトリック)に帰依したヴェルレーヌは、宗教的体験と信仰をテーマにした詩を書き、1881年に詩集「英知」として出版されました。「英知」に納められたこの詩はモンスの刑務所での体験を書いたものとされます。刑務所の中庭あるいは窓からの風景を描いたものと読めます。Classiques Garnier 版の注にヴェルレーヌの「 Mes Prisons (獄中記)」の引用があり、それによると刑務所の窓からの眺めを描いた詩と考えられます。

 「私の窓(狭く長い格子が付いていたけれど、本当の窓!がひとつあった)の前の塀の上に、あえて言うならば、死ぬほどの憂鬱が飛び回っていた悲しい中庭の奥に、8月だったが、そばの小公園か大通りの背の高いポプラらしい樹の心地よさそうにざわめく木の葉の梢が揺れているのを私は見ていました。同時に、遠くから祭りのざわめきが穏やかに聞こえて来ました。(ブリュッセルは私の知る限りでは、どこよりも楽しげな笑いに満ちた陽気な町です。」(門司邦雄訳)

 なお、詩では刑務所の塀が屋根に、ポプラが栄誉のシンボルである棕櫚に書き替えられています。2節目の「あの空」「あの樹」には、それぞれ「見える」にあたる「 on voit 」が付いています。この詩の情景から考えると、「見える」の主語の「on」は、一般の人であり、刑務所の中にいるヴェルレーヌには、音は聞こえても姿は見えないように思えます。逆に、高い塀に遮られて周囲の情景は見えなくても、さらに高い鐘楼と空を飛ぶ鳥だけは見える(神に近いものだけが見える)と読むこともできるでしょう。私には、ヴェルレーヌのイマジネーションが音を映像として捉えたように思えます。町の物音(「祭りのざわめき」)も、高い塀に遮られて優しい音となってヴェルレーヌの耳に届いたのでしょう。

翻訳・解読:門司 邦雄
掲載:2001年7月8日

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