イリュミナスィオン

Illuminations

À une Raison
ある思想に

 君の指の太鼓の一打ちで、全ての音は解き放たれ、新しいハーモニーが始まる。
 君の一歩で、新しい人々は決起し、前進する。
 向こうを向けば:新しい愛!、振り向いても、―新しい愛!
 "ぼくらの運命を変えてくれ、災いをふるいにかけてくれ、まずは時間から"と、この子らが君に歌う。"どこでも良いから、我々の幸運と願いの実体を築いてくれ"と、君は頼まれる。
 いつも来てくれた、どこにでも行ってくれる。

フランス語テキスト

翻訳:門司 邦雄
掲載:2001年8月3日、2020年10月3日


une Raison


 raison は、仏仏辞書に「人間が原理に従って、認識、判断、行動できるようにする能力」と出ています。しかも、この詩では単数を表す不定冠詞が付いて大文字で書かれています。幾つもある raison 中でも、ランボーにとっては特に重要なものなのでしょう。

 君= une Raison はどこから来たのでしょうか。元々はフランス革命後、ジャコバン革命政府の過激派が、カトリックの強いフランスで教会の政治力を排除するために、あたらしい規範として「 Raison 」を打ち出して、「 Culte de la Raison (1793)」を行ないました。パリの他、地方でも祭典、聖職者の追放、教会の略奪なども行なわれました。キリスト教ではない、新しい時代思潮として、人間の la Raison を神に替わるものとする試みでした。農民を始めとする国民にはカトリックは深く根を下ろしていて、国民の反感を恐れた革命政府は信仰の自由を再確認し、この運動を止めました。しかし、ジャコバン派のロベスピエールは神に替わる存在を提唱し、「最高(至高)存在の祭典 Culte de l'Être supreme (1794)」がとり行われましたが、テルミドールの反動でジャコバン派が倒されるとともに、政治運動としての「 la Raison 」は歴史の中に移ります。

 よく使われる日本語の「理性」は善悪の判断力のような意味が強く、この詩の「 Raison 」は、思想とか理論とかの意味に近いです。
 パリ・コミューンの思想などと関連づけて考えられています。ランボーの「見える者の手紙(見者の手紙)」に書かれた「思想」のこととも考えられます。「見える者の手紙」の「ぼくは自分の思想( ma pensée )の開花に臨んでいます。……ぼくが弓をひと弾きすれば、シンフォニーは深淵の中で鳴り出し、あるいは一気に舞台に現れます。」を思い出させます。
 『イリュミナスィオン』の最後に位置する詩「魔神 Génie 」にも「彼は愛、新たに創り出された完璧な尺度、驚くべき思いもよらぬ思想」と出てきます。amour と raison がこの様に使われているのは Génie だけです。

 なお、この詩はフランスのシュールレアリストの詩人、ポール・エリュアールに影響を与えたことでも知られています。日本では、そのままパクられました。

解読:門司 邦雄
掲載:2001年8月3日、2008年10月29日、2020年10月5日

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