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ランボー イリュミナスィオン

Royauté

王権

 ある晴れた朝、たいへんおとなしい人民の国で、立派な男と女が国の広場で叫んでいた。「諸君、私はこの人を王妃にしたい!」「私は王妃になりたい!」女は笑いながら震えていた。男は人々に啓示とやり終えた試練のことを語っていた。男と女は互いに気を失った。
 実際、家々に深紅の幕が掲げられた午前中の間、そして、棕櫚の庭の側から進み出た午後の間、彼らは王と王妃であった。

フランス語テキスト

翻訳掲載:2001年8月5日

 


一日王家

 この王権、つまり王と妃が何を示しているのか、さまざまな説があります。この短かい詩の形式は、同じ「イリュミナスィオン」中の「古代の」「美しくあること」などと類似しています。この詩の前半には結婚式の記念スナップ写真のような印象があり、ランボーとヴェルレーヌのパリの文学サークルでの王権の、つまり「おれの優秀な頭脳のために仲間の調子には乗れなかった何回かの結婚式(「イリュミナスィオン」の「人生 II」)」のシーンのように思えます。
 私は、この「王権」は、1872年の春から夏にかけて書かれた詩と推定しています。同じ1872年の夏に書かれたと推定している「轍(わだち)」との構成上の類似が見られます。ここでは「実際」と訳した En effect が、「轍(わだち)」でも使用されています。「轍」では前の言葉を受け、「その言葉どおり」と訳しました。地面の轍からの幻想場面の入口に、幻想としてのレアリテを強調するために En effect が使われています。この「王権」でも、前の段は具体的なことの書き換えで、後の「実際」以降の段は幻想の世界を強調しているのではないでしょうか。お伽話の終りは、「王様とお姫様はめでたく結婚し、末永く幸せに暮らしました」となるものですが、彼らのお伽話の王権は一日だったのでしょう。

解説:2001年8月5日、2003年11月6日更新

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