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ランボー イリュミナスィオン

Aube

夜明け

 ぼくは夏の夜明けを抱いた。
 宮殿の前では、まだ何も動いていなかった。水はよどんでいた。野営した影は森の道を去ってはいなかった。ぼくは歩いた、生き生きとした生暖かい息吹を目覚めさせながら、すると、宝石たちは眼を見はり、鳥たちは音もなく飛び立った。
 最初の出来事は、すでに爽やかな青いきらめきに満ちた小道で、一輪の花がぼくに名前を告げたことだ。
 ぼくは松林ごしに髪を振り乱したブロンドの滝に笑いかけた : 銀色に輝く峰に女神が見えた。
 それからぼくは、女神のヴェールを一枚一枚はがしていった。並木道では、手を振りながら。草原では、雄鶏に密告した。大きな町に来ると、女神は鐘楼とドームの間を逃げまわった。ぼくは大理石の河岸を乞食のように駆けて、女神を追いかけた。
 月桂樹の林のそばの、道の頂で、ぼくは集めたヴェールで女神を包んだ。ぼくは女神のとても大きな体を少し感じた。夜明けとあの子は林の下へ落ちた。
 目が覚めたら、真昼だった。

フランス語テキスト

翻訳掲載:2002年5月13日


夜明けの女神

 この詩のタイトル Aube は「曙」「黎明」「暁」とも訳されています。ランボーの詩の中でも特に美しい詩として知られています。この詩の言葉の象徴性については、読む人それぞれが感じ取るものと思い、ここでは論じません。
 ランボーの友人ドラエー宛ての手紙(1872年6月)の中に夜明けの描写があります。後期韻文詩編の「朝の名案(朝のよき想い)」(1872年5月)が書かれた頃のランボーの生活を知る貴重な資料となっています。この詩に書かれた情景は、そのとき見えていたものというより、過去の思い出から創りだした思われますが、やはり同じ頃書かれた詩と私は考えています。ランボーは、1873年の春には「地獄での一季節」の前身の「黒人の書」「異教徒の書」に着手していましたし、1874年の春から初夏にかけてはロンドンに滞在していました。このことからも、この詩は、1872年の春から初夏にかけて書かれたと考えられます。
 この詩のフランス語朗読を聞いたことがあります。残念ながら朗読者は覚えていません。朝の静けさのようにゆっくりしたテンポで始まり、子供が女神を追いかけるような早いテンポと息づかいになってゆき、そして最後に真昼の覚めたテンポに戻りました。この詩は音の面でもランボーの技法を感じさせます。たとえば、はじめの「水」は宮殿の前の浅い人工の池や(まだ止まっている)流水、噴水などとイメージされますが、「水」は単数の l'eau (ロー)で複数の les eaux (レゾー)ではないのは、音を濁らせないためと思われます。「鳥たち」と訳した言葉も、原詩では翼の複数 les ailes (レゼレル)が使われ、鳥の複数 les oiseaux (レゾワゾー)ではありません。これも、視覚的なイメージ化の他に音の選択があると思います。「滝」にはフランス語の chute d'eau (シュートドォー)ではなくドイツ語の wasserfall (ワッセルファル)が使われています。なお、このことから、この詩が、ランボーがドイツで家庭教師をしていた1875年の作品とする評家もいます。
 この詩は、子供の低い視点から始まり、女神、つまり朝の太陽の光を見つけるところで視線が上に移動し、子供が女神を追いかけるところではシーンが早送りとなります。さらに、町に出たところでは俯瞰的なシーンに替わります。ショートフィルムの映像作品を見ているような印象の詩です。なるべく、シーンがイメージしやすいように訳してみました。
 「出来事」は entreprise (単数)ですが、複数では誘惑、誘いという意味もあります。ここでは、地面スレスレの太陽の光が、暗い茂みあるいは草原より頭を出した花にだけ当たっている情景でしょう。やはりこれは、朝の光の最初の「出来事」なのでしょう。滝に朝日が当たりブロンドに輝いている、これが女神の髪となります。コロン以下の文章は、銀色に輝く峰は、おそらくは女神の顔なのでしょう。「女神が見えた」と訳しましたが、「見えた」にあたる動詞は reconaitre が使われ、認める、認識するという意味です。朝日に輝く自然の情景を女神に見立てていることを自ら語っています。これ以降、「女神」は、代名詞の「彼女la 」が使われています。「彼女」「あの女」と訳するとイメージが取りにくいと考え、「女神」と訳しました。ヴェールが奪われていき、光は段々強くなります。町にも夜明けの光が溢れます。そして、町を通り越してたところで、夜明けは子供に捕まります。
 この詩は、夜明けの美しさ、生命の躍動の始まりを表した詩ですが、もうひとつの見方も陰に隠されているように思います。田舎で夜明けに目覚めた少年はランボーであり、夜明けの女神は詩を表しています。少年は大きな町、つまりパリに出てきて、詩の女神を乞食のように追い求め、その肉体を少し感じたところでこの追跡は終わります。

解説掲載:2002年5月13日、2003年7月10日追加

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