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ランボー イリュミナスィオン

Mystique

神秘の

 傾斜地のあの斜面の上では、鋼とエメラルドの牧草地の中で、天使たちがウールの衣をひるがえしている。
 炎の牧場は丸い丘の頂まで跳ね上がる。左手、尾根の腐植土は、すべての殺人とすべての戦争で踏みにじられ、すべての災害の騒音がカーブして響いてくる。右の尾根の向こうは東方の稜線、進歩だ。
 そして、絵の上部が、海のほら貝と人間の夜の、めぐりぶつかるざわめきで形作られている間に、
 星々と空とその他の、花開く心地良さが、花かごのように、斜面の前に下りてくる、 ― 私たちの顔に向かって、 ― そして、その下に芳しい青い深淵をつくる。

フランス語テキスト

翻訳掲載:2003年4月16日


パズル

 原詩のタイトル Mystique は、「(神の)神秘の」という形容詞と取れます。また、ランボーはこの詩の中で「絵 tableau 」という言葉を使っていますが、この詩を絵と考えれば「神秘画」ということになります。なお、本来の名詞である「神秘」は mystere です。
 ランボーの詩には、とくに「イリュミナスィオン」には、何を描いたのか解らない詩もあります。この「神秘の」もそのひとつでしょう。友人のドラエーはこの詩を月光に照らされた夜景、J. ティエローイ( Tielrooy)は有名なファン・エイク兄弟のゲントの祭壇画、チボーデは、放浪者(つまりランボー)が歩きつかれて草むらに寝て空を見上げたときの神秘的な酩酊感、ドーテルは鉄道線路の土手の眺めなど、さまざまな絵解きがあります。また、具体的な素材ではなく、言葉の象徴するイメージからの解読もあります。
 私は、P.ブリュネルの指摘するように、この詩の元となるシーンは聖書の「ヨハネの黙示録」と考えています。第5章~第8章、第14章に「神秘の子羊 l'Agneau mystique 」が出てきます。ファン・エイク兄弟のゲントの祭壇画の中心にある絵は、この子羊を描いたものです。ランボーは1872年の夏に、ヴェルレーヌとブリュッセルに行ったときに、この祭壇画を見たと考えることは可能でしょう。
 しかし、この絵がヒントとなっているだけでは、この詩は解けません。ランボーのパズル画を私なりに解いてみました。最初の「傾斜地のあの斜面」はなぜ、同じ事を繰り返しているのでしょう。「円い丘」は、原詩では mamelon で、乳房を意味する言葉です。ランボーは初期詩編の「一なるものを信じる…」で、大地を女神の胸に喩えています。ランボーのイメージした丸い丘が、大地、つまり女神の乳房の地球であれば、すべては斜面であり、そのなかの自分の居る斜面、「傾斜地のあの斜面」という表現にもうなづけると思います。そこでは「天使たちがウールの衣をひるがえしている」、これも聖書の記述による太陽の光の喩えでしょう。そして、この詩の描く「絵 tableau 」の左は戦争に明け暮れる西洋社会であり、右はエデンと異教の世界、東洋なのでしょう。この神秘画の上部の空は、「イリュミナスィオン」の「大都会(II)」の「高価な真珠とほら貝のざわめきを乗せた、ヴィーナスの永遠の誕生で波立つ海」という言葉を連想させます。都市の空間の中での空の夢想を、異邦人の雲やマグリットの空よりも、はるかに豊かに描いています。降りてくる夜空、つまり地球の影である夜の世界の夢想は、「イリュミナスィオン」の「(フレーズ(無題))」を連想させます。この絵は、一見、「神秘の子羊」にも「最後の審判」にも見えます。でも、パズルの中心のひとコマが欠けています。ここには血を流す「神秘の子羊」、つまりキリストがいないのです。この詩のタイトル「神秘の」は、修飾する言葉「子羊」を捜すように暗示しているのではないでしょうか。ランボーは、神のいない神秘画、新しい異教の神秘画、地球の神秘画を描いたのでしょう。

解説掲載:2003年4月16日、2004年9月1日

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