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ランボー イリュミナスィオン

Picture Image of Beauteous

Doll:天使-澁澤龍彦に捧ぐ ANGES MELANGES, ANGES DERANGES 1990 by Simon Yotsuya
Photo:Kunio / KunioMonji.com

 

Being Beauteous

美しくあること

 雪の前に背の高い「美の存在」。死の喘ぎと鈍い音楽の輪が、このあがめられた肉体を亡霊のように立ち上がらせ、膨らませ、震わせる。緋色と黒の傷口がすばらしい肉の中で破裂する。台の上、「幻」のまわりでは、生命本来の色彩が、深まり、踊り、発散する。次に、震えが高まり、とどろく。そして、宇宙が、おれたちのはるか後ろから、死の喘ぎと低く響く音楽とともに満たされたこの効果の狂おしい趣きを、おれたちの美の母に投げつけると ― 彼女は後ずさりし、まっすぐに立つ。おお! おれたちの骨は新しい愛の肉体を身にまとう。

x x x

 おお、灰白色の顔、盾形の毛、水晶の腕! 木々と軽い空気の混じり合いごしに、おれが襲いかからねばならない大砲!

フランス語テキスト (前半部分)
フランス語テキスト (xxx以下)

翻訳掲載:2001年7月1日


愛の革命

 原稿は前の「古代の」と同じ紙に書かれています。見ようによっては、「x x x」以下を別の詩ととることも可能ですが、短かすぎるのと内容的に続いているためひとつの詩と考えられます。
 この詩は、とても多くの絵解きがなされています。しかし、私には寺田透の即物的な解釈がいちばん妥当と思われます。この詩は同性愛の場面を男性器を中心に描いたものでしょう。そう捉えれば、前の「古代の」とも内容的に繋がります。
 題名の「美しくあること」ですが、原題は「 Being Beauteous 」で、英語のタイトルです。beauteous は beautiful の詩語です。これを文中のフランス語の「 un Etre de Beaute 」、つまり「美の存在」「美しい人」と同じものを示していると取ることもできます。しかし、たとえば「美の存在」を英訳すれば「 Existence of Beauty 」、「美しい人」の意味なら「 Beautiful Person 」の方がふさわしいでしょう。ランボーがフランス人で、英語として一般的ではない使い方をしたと捉えることもできます。また、ロングフェローの詩の中の登場人物から来ているという説もあります。むしろ、ランボーは(フランス人の読者には)名詞「美しい人」と読ませながら、現在分詞にも読めることで、この詩の隠れた意味を表したと思われます。現在分詞 being は「あること」「ある状態」という意味です。映画「マルコビッチの穴」の元のタイトルは「 Being John Markovich 」で、ビルの階の間の空間に入った人がマルコビッチになってその人生を体験するという内容を表しています。ですから、本来の英語の意味を重視すれば、「 Being Beauteous 」は「美しくあること」あるいは「麗しくあること」と取れます。つまり、この詩は、同性愛(の行為)を「美しくあること」と捉えている詩ということになります。なお、「 Be Beauteous」であれば、「美しくあれ」という命令になります。
 情景としては、白いシーツが雪であり、勃起した男性器が「美の存在」と取れます。この詩の前半は、ヴェルレーヌに挿入されたランボーが「おれたちのはるか後ろから、死の喘ぎと低く響く音楽とともに」勃起した自分の性器を描写しているように読めます。後半の大砲はヴェルレーヌの男性器と取れます。

解説掲載:2001年7月1日、2004年9月1日

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