イリュミナスィオン

Illuminations

Vies
人生

I

 おお、聖地の大道、寺院の境内! おれに「箴言の書」を説いてくれたバラモン僧はどうなったのか? あの時、あの場所に居た、婆さんたちさえ今でも見える! おれは思い出す、大河に沿った銀と太陽の時を、畑の手がおれの肩に置かれた、コショウをまぶした野原に立ったおれたちの愛撫の時を。―紅の鳩がいっせいに飛び立ち、おれの思索のまわりでとどろく―ここに追放されて、おれはあらゆる文学の劇的傑作を演じる舞台を手に入れた。君たちに前代未聞の富を教えてやろう。おれは君たちの見つけた宝物の来歴を観察する。その続きも見える! おれの英知は混沌と同じように馬鹿にされている。だが、君たちを待ち受ける混迷に較べて、おれの虚無が何だというのだ?

II

 おれは、先立つ者全てより格別に功績のある発明家だ;愛の鍵のようなある物を発見した音楽家でもある。今では、質素な気風の厳しい田舎貴族。物乞いをした少年時代、徒弟時代あるいは木靴での上京、口論、五、六回のやもめ暮らし、おれの優秀な頭脳のために仲間の調子には乗れなかった何回かの結婚式、こういう思い出で心をかき立てようと努めている:この厳しい田舎の質素な空気がおれの残酷な懐疑主義をどんどん育てているので、聖なる喜びにあふれたかつての役割に未練はない。だが、この懐疑主義もこれからは使えないし、おまけに新しい不安に身を捧げているのだから、―おれはひどく邪悪な気狂いになるのを待っている。

III

 12歳のときに閉じ込められた屋根裏部屋で、おれは世の中を知り、人間喜劇に挿絵を描いた。酒倉で歴史を学んだ。北のある都会の夜の祭りで、昔の画家が描いたあらゆる女と出会った。パリの古い裏通りで、古典諸学を教わった。全東洋に囲まれたすばらしい住まいの中で、巨大な作品を完成し、高名なる隠遁の時を過ごした。おれは己の血をかき回した。おれの義務が戻ってきた。こんなことを夢見てはならない。おれは、本当に墓の彼方から来た。用事はない。

フランス語テキスト

翻訳:門司 邦雄
掲載:2001年7月1日、2020年9月27日


墓の彼方から


 タイトル「人生」は Vie の複数です。Vie は、人生、生活、生命という意味です。ここでは、「人生」と訳しました。原題が複数形になっていて生活と訳する方が一般的ですが、捉え直した3つの人生と取りました。
 これらの詩は、内容的に『地獄での一季節(地獄の季節)』を書いたときのランボーの「生活」を書き留めたものでもあり、それぞれが彼の「人生」の縮図になっています。第1部から第3部へと、よりクールに時間軸も長く未来に繋がるようになっています。

 第1部には、「ここに追放されて」という言葉があり、この追放された時は1873年7月にロッシュの実家に帰ったときと思えます。「紅の鳩」などブリュッセル事件を暗示する言葉があることと、後半の挑むような口調からブリュッセル事件後のランボーの心情を語っています。
 最初の部分はシャルルヴィルに戻ったときの故郷の印象と思われます。「ああ、シャルルヴィルの並木道、学校の校庭! ぼくに新しい文学を教えてくれた先生(イザンバール)はいかがお過ごしだろうか?」という内容を、インドの聖地に戻った修行僧にたとえて描いています。「劇的傑作」は『地獄での一季節』のことでしょう。「君たち」はランボーの出会ったパリの文壇の詩人、作家を指しているのでしょう。第1部は『地獄での一季節』を書き始めたときに書かれたと思われます。なお、「コショウをまぶした(ポワブレ poivrées )野原」は、フランスのチーズやサラミになどに、多くは黒コショウを粒の形の残る程度に粗く引いてびっしりと貼りつけたもので、荒くゴツゴツして痩せた農地をインド風にイメージしています。

 第2部は、ロッシュの納屋にこもって『地獄での一季節』を書いていた時に書かれたものと思われます。
 最初の発明家は『イリュミナスィオン』の散文詩の形式の発明家、後の音楽家は後期韻文詩篇の作者としての自負を示していると思われます。ランボーは物乞いをした少年時代から、気分の乗らなかった結婚式(複数) -ブリュッセル事件を暗示- までを回想し、もはや過去には未練がないと言います。陰気な田舎の空気が養う懐疑主義は『地獄での一季節』のテーマです。でも、それもすぐ使えなくなる。新しい不安(トラブル)をジェルマン・ヌーヴォーとダブらせて解釈する評論家もいますが、この詩の時点では、まだそこまで意味を発展させなくて良いと思います。

 第3部は、すでに『地獄での一季節』を書き終えてから書かれたものと思われます。
 ランボーの経験・体験を象徴化し、言い換えています。「北のある都会の夜の祭り……」は『イリュミナスィオン』中の「冬の祭」ことでしょう。これ以降は、ランボーの見える者(見者)としての行いを象徴化して語っています。「己の血をかき回した」は『地獄での一季節』の「悪い血筋」などを連想させます。「おれの義務が戻ってきた」とは『地獄での一季節』の最後の「永別」の「捜し求めるべき義務」のことでしょう。最後の「墓の彼方から来た」は、シャトーブリアン(1768-1848)の『墓の彼方からの回想』から持ってきたと言われています。ランボーは「地獄」からよみがえりました。地獄は「見える者(見者)」であり、「文学」であり「同性愛」でした。「用事( commissions )はない」の「用事」は、文学の世界に対しての言葉だと思われます。

解読:門司 邦雄
掲載:2001年7月1日、2020年9月27日

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