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ランボー イリュミナスィオン

Picture Image of Bottom

Doll:Jin Yamamoto, Photo:Kunio / KunioMonji.com

 

Bottom

ボトム

 現実は、ぼくの高貴な性格にはひどく刺々しいのだが、 ― それにもかかわらず、ぼくは、天井の縁取りめがけて飛び立ち、夜会の影の中に翼を引きずる灰青色の大きな鳥の姿で「奥方様」の家にいた。
 彼女のあがめられた宝石と肉体の傑作をいくつも支える天蓋の足元で、ぼくは紫色の歯茎をし、悲しみの白い毛をした、サイドテーブルの水晶と銀に目を向けている大きな熊だった。
 すべては暗くなり、燃え上がる水族館となった、 ― 戦闘的な6月の夜明け、 ― ぼくは、ロバになって、不満を吹き鳴らし振りたてながら、野原を駆けた、郊外のサビナの女達がぼくの胸先に飛びついて来るまで。

フランス語テキスト

翻訳掲載:2003年4月26日、2006年3月11日更新


ロバ

 この詩のタイトル「ボトム Bottom 」は、英語の「底、尻」という意味ですが、シェイクスピアの「(真)夏の夜の夢 A Mindsummer Night's Dream 」(フランス語では Le Songe d'une nuit d'ete )の登場人物、いたずら者の妖精により頭をロバに変えられた織工(織物屋)の名前とされています。なお、この詩は始めは「変身譚 Metamorphoses 」というタイトルでした。
 「奥方様」と訳した言葉は、ポショテク版では Madame 、テクスチュエル版では ma dame となっています。ma dame だと、私の女性となりますが、同じ女性でも、dame は femme より丁寧な表現です。口語では、ma bonne dame で奥さんという親しい呼びかけになります。また、貴族の奥方などの意味もあります。Notre-Dame は聖母です。手書き原稿写真版を調べ、他の詩の原稿の筆跡とも比較してみましたが、私には、Ma dame と書かれているように見えました。

Handwriting Text of Bottom
ボトムのタイトルと第1節の部分です。
2行目行末に Ma dame, と私が読んだ文字があります。
出典:Rimbaud / L'oeuvre integrale manuscrite
/ VERS NOUVEAUX ILLUMINATIONS 1872-1875
Les editions Textuel, 1996

妥当な訳語が見付からず「奥方様」と訳しましたが、この詩の内容から考えて、ポンパドール夫人、レカミエ夫人、あるいはマラルメと親交のあったメリー・ローランのような存在を皮肉も含めてイメージしていると読みました。文化的なサロン、閨房の女主人です。
 では、「奥方様」の部屋を調べて見ましょう。第1節の「縁取り moulures 」は、辞書には刳り形(くり形)と出ています。英語のモールディングの方が今では解りやすいかも知れません。天井のパネルと壁の繋ぎ目の所の凸面などにしてある装飾的な補助版とか、ドアの枠と板の接合部(溝のみの場合もある)などを言います。ここでは、天井と壁の接合部の装飾のことでしょう。第2節のサイドテーブル consoles (複数)と訳した言葉は、もともは、S字状の装飾的な補強材(渦形持ち送り)を意味しますが、持ち送り風な脚を持った壁につけるテーブルも意味しています。インターネットで調べてみましたが、現在ではサイドテーブル一般にも使われているようです。なお、ゲーム機も console です。(おそらく天井の四隅にある)持ち送りとも、サイドテーブルとも、どちらとも読めます。複数なので持ち送りと読まれてきたようです。しかし、水晶と銀という表現が合わない、当時の女性の寝室のイラストや写真を見ると、サイドテーブルがしばしば見られることから、解りやすくサイドテーブルと訳しました。第3節の「水族館 aquarium 」は、水槽の意味もあります。アンダーウッドによると1872年10月にロンドンの水晶宮(クリスタルパレス)で、史上初めて水族館に人工照明が取り付けられたそうです。ランボーがこれをヒントにしたことが考えられます。私は、この部分は鏡に映った夜の室内と考えています。写真家アジェの1900年頃のパリの豪華な部屋の写真を見ると、鏡が部屋を広く見せるように使われていて、鏡の中に別室があるように見えます。ですから、水族館全体というよりも、大きな水槽のイメージと考えられます。「地獄での一季節」の「悪い血筋」の「町で、泥は突然、赤と黒に見えた。隣の部屋をランプが巡るときの鏡( une glace (ガラス、鏡))のように、森の中の宝のように! 」も、同様なイメージと考えています。
 それでは、劇を見てみましょう。シェイクスピアの喜劇「夏の夜の夢」では、妖精の王オベロンが女王ティターニアの瞼にほれ薬を塗ります。一方、ボトムはいたずら者の妖精パックによりロバの頭に変えられてしまいます。目を覚ましたティターニアが最初に見たボトムに惚れて求愛します。しばらく後に魔法が解かれて、一夜の夢になります。また、台詞の中に、鳥、熊、猿などの動物も出てきます。鳥と熊についても、たとえばスターキーは鳥はアルデンヌ伝説の「青い鳥」というふうに、さまざまな出典があげられていますが、言葉のイメージだけでも捉えられると考えました。しかし、ランボーが「夏の夜の夢」からヒントを得たことは定説となっています。
 では、ランボーの劇場はどこなのでしょうか。夜会の開かれる小サロン、閨房と思われます。「奥方様」については、ランボーが世話になった夫人や女性を探る評家もいます。私は、ヴェルレーヌと一緒に滞在したブルジョワ夫人のアパルトマンではないかと思っています。ヴェルレーヌの妻マチルドの母、モーテ夫人もそのイメージに加わっているかも知れません。また、パリの文学サロンで周りと打ち解けられなかった体験からイメージされた部分もあると思います。手書き原稿を調べるまでは、マダム Madame と読んで、高級な娼家ではないかと考えていました。天蓋は、天蓋の付いたベッドのことであり、支えられている「あがめられた宝石と肉体の傑作」はどちらも複数です。男がロバに、つまり愚鈍で欲望の強い動物に変身して女性に一夜だけ惚れられるところは、やはり娼家ではないでしょうか。ランボーは高貴な女性のサロン、閨房を高級娼家として描いたように思います。ぼくであるランボーはロバにはなれないで、鳥と熊に変身し、閨房が欲望の水族館になった夜をひとりで過ごします。そして、明け方になって、外に飛び出して、やっとロバになります。「不満を…振り立てる」とは、勃起した男性器を暗示した表現のように思われます。サビナは古代イタリア中部の国で、ここの女達はローマ軍に侵略されローマ兵の妻となったが、サビナの男達が奪還に来たときに子供を捧げて両軍を和解させました。この詩では郊外の街娼という意味と取られています。なお、小文字の sabine はヒノキ科のビャクシン( juniper )のことです。
 この詩は、しばしば散文詩「愛の砂漠 Les Deserts de l'amour (1871-72?)」の後編と同じモチーフという解説がつけられています。羞恥心による性的な挫折という意味では、テーマの共通性はあると思います。しかし、ボトムには、「ぼくの高貴な性格」という言葉などからも、むしろ皮肉なパロディが感じられます。ランボーがロバになる時・所が見つかったからでしょうか。そして、底、尻を意味するボトムは、皮肉として「奥方様」の家に付けられたタイトルなのでしょう。

解説掲載:2003年4月26日、2006年3月11日更新

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