イリュミナスィオン
すべての残虐性が、オルタンスの醜悪なしぐさを犯す。彼女の孤独はエロスの工学、彼女の倦怠は恋愛の力学。ある子供時代の監視の下で、彼女は、数多くの時代に、諸種族の激烈な衛生法となってきた。彼女の扉は貧困にも開かれている。そこでは、現実の人々の道徳性は解体する、彼女の情熱の中か行為の中で―おお、未経験な愛欲の恐ろしい戦慄。血まみれの地面の上で、輝く水素に照らされて!オルタンスを見つけだせ。
フランス語テキスト
翻訳:門司 邦雄
掲載:2003年4月26日、2003年5月4日
オルタンス
タイトルの「 H 」(発音はアッシュ)は、文中の女性(あるいは女神) Hortense の頭文字と考えられています。Hortense を、hors temps つまり時間(時代)の外の意味に、あるいは(西洋)紫陽花 hortensia に結び付ける評家もいます。井上究一郎は、「 H 」に、オルタンスという女、水素、時間( l'heure H いよいよその時)、ハシッシュ Haschish の頭文字の4つの意味を見出しています。
この詩は、ランボーが読者に「オルタンスを見つけだせ」という問題を出しています。それに対して、さまざまな解答が出されてきました。自慰(マスターベーション)、売春などです。私は、プレイヤッド版の A. アダンの注に指摘されている少年愛、男色( pederastie )だと考えています。初期詩篇の「盗まれた心臓」のモチーフと読める兵隊の少年への強姦との類似性を感じます。道徳性の解体という言葉からは、姦淫と同性愛が該当すると思われます。自慰はキリスト教では悪行とされてきましたが、ランボーがこの詩に書いたような残虐性は考えられません。むしろ「エロスの工学(機械工学) mecanique 」が自慰で、「恋愛の力学 dynamique 」が異性との愛欲と考える方が自然だと思います。売春と考えることもできますが、この詩からイメージされるものは戦争による強姦などに近い気がしますが、この詩全体の意味と考えるには無理があるように思えます。
言葉から見ると、「 H 」は、男性 homme の頭文字です。また「衛生法 hygiene 」という言葉は、同じ『イリュミナスィオン』の「放浪者 Vagabonds 」で、ランボーとヴェルレーヌの同性愛(の行為)を「なんとなく衛生的な hygienique あの気晴らし」と書いていることからも、男性の同性愛と判断できるように思います。もっとも、今日ではHIVのために、衛生的とは言えないでしょうが…。「解体する se decorpore 」は、ランボーの造語で、corps (肉体), corporation (組合)に、分離の意味を表す de を付け、se で代名動詞にしたものと思われます。「輝く(発光する)水素」は、ガス燈という解釈が一般化しています。ヴェルレーヌの「びっこのソネ」に書かれた世界、ロンドンのガス燈の灯るストリートが思い浮かびます。
オルタンスという名前は、私の知っている範囲では、ナポレオンIII世の母の名前です。また、ナポレオンの妻、ジョセフィーヌの前夫との娘、つまりナポレオンの義理の娘の名前でもあります。オルタンス・ド・ボアルネ Hortense de Beauharnais で、この詩のオルタンスと同じ綴りです。時代的にも、ランボーがこの名前を知っていたことは考えられますが、この詩にどのように関係あるのかは、分りません。歴史を裏で動かしていく性の象徴としてでしょうか。あるいは、オルタンスの不倫から、状況で変わる性的関係という意味なのでしょうか。
解読:門司 邦雄
掲載:2003年4月26日、2008年10月27日
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