イリュミナスィオン

Illuminations

Fête d'hiver
冬の祭

 立ち並ぶ喜歌劇の掘建て小屋の後では、滝が轟いている。メアンドル川のように曲がりくねった川沿いの遊歩道と果樹園の中では、回転花火が延長している、―夕日の赤と緑を。ナポレオン帝政時代風に髪を結ったホラチウスのニンフたち、―シベリア女性たちの輪舞、ブーシェの絵のような中国女性たち。

フランス語テキスト

翻訳:門司 邦雄
掲載:2015年3月22日、2015年4月7日、2020年10月27日



この詩は固有名詞が多く重要な役割を持っているので、あらかじめ説明しておきます。

訳注)
・喜歌劇 opéra-comique
台詞を含む歌劇のこと。パリのオペラ・コミック座と関連し、元来は軽い喜劇調の物だったが、フランス革命以降は伝統的なオペラに近づく。この詩では、d'opéra-comique となっており、形容詞的な意味合い(おかしな・滑稽な)も含まれていると思える。
・メアンドル川
古代フリギアの曲がりくねった川の固有名詞。普通名詞として、蛇行・紆余曲折などの意味に使われる。
・ナポレオン帝政時代風は、原詩では「第一帝政の au Premier Empire 」と書かれている。当時の女性ファッションでは、古代ローマ風の髪型が主流だったとされる。なお、革命以前は、王侯貴族は公の場では鬘を冠るのが普通だった。
・ホラチウス
古代ローマの詩人、「詩は絵のように」という有名な言葉がある。
・フランソワ・ブーシェ
ルイ15世の筆頭画家で、ルイ15世の公妾ポンパドゥール婦人の肖像画などを描く。


イギリス婦人


 この詩は、具象的なイメージで綴られている割には、何を描いているのか分かりません。でも、思い返せば、元になった具象が見えない詩はけして少なくありません。むしろ、感情とか思念とかがない短い詩だから目立つのかもしれません。
 『イリュミナスィオン』で最も短いこの詩は、おそらくはロンドンの冬の夕暮、劇場のある一角に着飾った女性たちが集まっている光景のように思えます。当時の大都市には、ロンドンでもパリでも江戸でも、現代よりも多くの田舎が都市の中に残っていました。大都市化が進行して、郊外が都市化して行く情景のようにも見えます。同時に「並び舞台 Scènes 」同様、都市と田舎の光景を意図的に混ぜたようにも見えます。「首都の(メトロポリタン)」では、距離と時間(夕暮から夜)が切り替わるキーになっていますが、短いこれらの詩では同時に存在しています。噴水のある広場とも見えますし、川辺に立ち並ぶ屋台、つまりマルシェ(市場)を描いたと見ることもできます。この詩でも言葉の遊びが見られ、シベリアは冬からの連想で、毛皮など豪華なコートなどを纏った女性たちでしょうし、次の中国女性はシベリエンヌとシノワズと類似音を並べたものでしょう。なお、女性たちと訳しましたが、原詩ではシンプルに女性形複数が使われています。

 後期韻文詩編を書いた後、ランボーは韻文詩を捨てて散文詩に移行しましたが、社会性・独白性・告白性の強い『地獄での一季節(地獄の季節)』とは別に、叙事的な散文詩が企画され、それが『イリュミナスィオン』になったと思われます。
 ランボーは当時世界最先端の都市ロンドンを素材として、森羅万象を描いた来るべき詩を目論んだのでしょう。そして、この「冬の祭」は必要な小さな1ブロックだったように思えます。ここに登場する女性たちは、当時のロンドンの上流から中産階級の女性であり、ランボーは貴族からブルジョワに文化の担い手が移ったフランス社会との差異を見たのでしょう。1872年から1873年の冬にランボーがロンドンにいたときに書かれたものと思われます。赤と緑とあることも含め、1872年初頭のクリスマスマーケットと思われます。

解読:門司 邦雄
掲載:2015年3月22日、2015年4月7日、2020年10月27日

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