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ランボー イリュミナスィオン

Les Ponts

「橋」

 水晶でできた灰色の空の広がり。たくさんの橋の描く奇妙なデッサン、こちらのいくつかの橋は真っ直ぐで、向こうのいくつかの橋はアーチ型で、その他の橋は、手前側の橋の上に、降りてきたり、様々な角度で進んできている。そして、この図は、他のいくつかの明るく照らされた運河の曲がっている所でも繰り返されているけれど、すべての橋がとても長くて軽いので、ドームを乗せている両岸が低く小さくなってゆく。この橋のいくつかは、いまだにあばら家を乗せている。他の橋は、旗竿や信号やもろい欄干を支えている。短調の和音がすれ違い、尾をひく。土手から弦楽が昇っていく。赤い上着が見えるが、他の衣装も楽器もあるだろう。あれは民謡か、領主の開くコンサートの一節か、国民賛歌の名残りか? 水は灰色と青、海の入り江のように広々としている。 ― 白い光線が、空の高みから落ちてきて、この喜劇を消した。

フランス語テキスト

翻訳掲載:2002年11月27日


橋のコメディー

 「イリュミナスィオン」中、唯一の冠詞(定冠詞)の付いたタイトルで、名詞は大文字で始まっています。直訳すれば「そのいくつかの橋」であり、具体的な橋の眺めを描写した詩ということでしょう。この詩が幻覚や幻想では無いという意味なのでしょう。でも、たとえば、「轍」には定冠詞がなく、なぜ「橋」にはあるのか、ランボーの意図は分りません。「海の入り江のように広々」としたこの川は、テムズ川と取られています。
 この詩の翻訳は、なるべく情景が取りやすいように訳しました。最初の「空の広がり」は不定冠詞付きで複数の「空」なのですが、水晶のように、さまざまな明るさの曇り空のイメージで「空の広がり」と訳しました。運河の曲がっているところが光に照らされているのは、角度が変わって曇り空越しの太陽光線が差し込んで明るく見えることを言っているのでしょう。この詩は、川を走る船の上から見た景色と思われます。そうすれば、「両岸が低く小さくなってゆく」という意味が理解できます。アンダーウッドは、「あばら屋」は、かってのロンドン橋( London Bridge )の版画からランボーがヒントを得たと推測しています。かってはロンドンのテムズ川の唯一の橋がロンドン橋でしたが、木造の橋が焼失した後、13世紀に建てられた石造りの橋には礼拝堂があり、14世紀には商店や家屋が建ち並んでいましたが、18世紀の中頃に取り壊されました。「旗竿」と訳した mats は、橋の上に重なって見える船のマストと解釈することもできますが、19世紀に架け直されたロンドン橋に旗が立ち並んでいる版画が残っているので、「旗竿」と訳しました。なお、この橋は解体されてアメリカのカリフォルニアで復元されたそうです。「土手 berges 」には、平底船という意味もありますが、あまり使われていません。「民謡」は、いわゆる「ロンドン橋落ちる…」の民謡のことでしょうか、それとも当時の流行歌でしょうか。曇って、靄か霞みのかかっていたこの幻想的な風景も、明るい太陽光線で現実に戻されてしまいます。最後の「消した」は、現在形と単純過去形が同じため「消す」と読むこともできます。
 この詩がいつ書かれたものか、つまり1872年と1873年にヴェルレーヌとロンドンに滞在したときか、1874年に(始めはヌーヴォーと)滞在したときか、判断する材料に欠けています。ガルニエ版の注には、ヴェルレーヌが1872年11月10日のロンドン市長の就任式について書いた文章の一部、「いたるところ金ぴかに飾られ、トランペット、兵隊、軍旗、やじと万歳…」が引用されています。私は、この詩はブリュッセル事件の前に書かれた詩と考えています。

イギリス民謡「ロンドン橋」についての詳しい解説は、以下のサイトをご覧ください。
http://www.ffortune.net/symbol/poem/goose/londonbridge.htm

解説掲載:2001年7月1日、2002年11月27日

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