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ランボー イリュミナスィオン

Ouvriers

労働者

 おお、このなま暖かい二月の午前。季節はずれの「南風」が、こっけいなほど貧乏だった思い出を、ほくたちの若い貧困をかき立てた。
 アンリカは一世紀前に流行っていたに違いない白と茶の格子縞の木綿のスカート、リボンのついたボンネット、絹のスカーフを着けていた。それは喪服よりもはるかに哀しげだった。ぼくたちは郊外を一廻りしていた。天気は曇りで、おまけにこの「南風」が荒れ果てた庭や枯れ果てた牧場のあらゆる悪臭を煽り立てていた。
 とはいえ、ぼくの女は、ぼくほどには、このことに疲れていなかったに違いない。女は先月の洪水が小高い小道に残していった水溜りの中に、とても小さな魚がいるのを教えてくれた。
 道のはるか遠くまで、煙と織機の騒音とともに、町がぼくたちをつけてきた。おお、別世界、空と木陰で祝福された住まいよ! 南風はぼくに子供時代のみじめな出来事や、夏の日の絶望、運命がいつも遠ざけてきた恐ろしいほどの力と教育を思い出させた。いやだ! ぼくたちがいつまでも婚約を交わしたみなし児でしかない、この強欲な国で夏を越したくはない。ぼくはもう、このこわばった腕に、「愛しい姿」をつれて歩きたくない。

フランス語テキスト

翻訳掲載:2001年11月29日、2013年3月7日更新


同棲時代

 「イリュミナスィオン」中でも、とくに日常のワンシーンが描写されている詩です。この語り口は、同じ「イリュミナスィオン」の「放浪者(あるいは「浮浪者」)」を連想させます。
 この詩は、矛盾した時制で描かれています。最初の「二月の午前」には動詞がありません。そして「かき立てた」と日本語として訳しましたが、原文は venir + inf で、「~しに来る」という意味で現在のことです。次のアンリカの描写には半過去が使われ、過去の状態を思い出しているように読めます。ところが、「いやだ」以降、突然、未来形になります。そして、最後の「つれて歩きたくない」は現在形となっています。
 「いやだ」の一言で、過去のガールフレンド「アンリカ」は、突然、ランボーのこわばった腕にぶら下がっている惨めな女の子に変わってしまいます。冬なのに古臭い木綿のスカートをはき、ボンネットやマフラーで寒さをしのいでいる、ちぐはぐで哀れなファッションのこの女性は、過去のランボーのシャルルヴィルのガールフレンドの姿をした「あわれなレリアン」、つまりヴェルレーヌととられています。木綿についてですが、「酔いどれ船」にも「イギリスの綿布」とあり、産業革命当時の木綿はファッショナブルなイメージであり、現代のような素朴なイメージでは無かったと思います。絹のスカーフも含め、ここでは、かっては豊かだった家庭から落ちぶれ、母か、祖母の今では流行遅れの古着を着ている姿だと思います。「みなし児」は、1873年2月、ロンドンに滞在中のランボーとヴェルレーヌの姿でしょう。1873年の1月に、ロンドンで出水があったとタイムの記事にあることをチャンドウィックが指摘しています(1959年)。しかし、この時点では、ランボーもヴェルレーヌも労働者ではありませんでした。ランボーは経済的に行き詰った地獄の夫婦の行く末を書いたのでしょうか、あるいは、当時のロンドンの社会風景に、自分たちをダブらせたのでしょうか。
 「一世紀前に流行っていた…木綿のスカート」は、織機とともに、ほぼ一世紀前の産業革命の初期の主役であった紡績工業を連想させます。そして、この詩のタイトル「労働者(複数)」は、紡績工場の労働者のことなのでしょう。「労働者」には ouvriers (複数)が使われています。元々は「職人」を意味するこの言葉は、政治・経済的な分類での労働者を意味する言葉です。
 「教育」は、原詩では「 science 」です。「知識」「学問」という意味でもありますが、後にランボーがバカロレア(大学入学資格試験)のことを友人ドラエーに手紙で聞いていることから、新しい仕事を得るための学問としての「教育」と考え、訳しました。

解説掲載:2001年11月29日、2008年10月29日更新

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