イリュミナスィオン

Illuminations

Phrases
フラーズ

この世が、私たちのびっくりした4つの瞳のためのたったひとつの暗い林となるとき、―心を結び合うふたりの子供のための砂浜となるとき、―私たちの清らかな共感のための音楽堂となるとき、―私はあなたを見つけるでしょう。
 もの静かで美しい、"前代未聞の豪奢"に取り囲まれた孤独な老人しか、この世にいなければ、―私はあなたにひざまずくでしょう。
 私があなたの思い出をすべて実現してしまったら、―私があなたを縛れる人なら、―私はあなたを絞め殺すでしょう。



 私たちがとても強ければ、―誰が尻込みするかしら? とても陽気なら、誰が笑いものになったりするかしら? 私たちがとても悪がしこければ、私たちをどうできる。
 お洒落しなさい、踊りなさい、笑いなさい。―私は愛の女神を窓から追い出したりはできません。



 ―私の仲間、女乞食、化け物子供! あの不幸な女たちとあの労務者たちも、私の迷惑も、みんなどうでもいいんだね。この卑しい絶望の唯一のおべっか使い、あんたの声! 我慢できないあんたの声で私たちにまとわりつきなさいよ。

 7月の曇った午前。灰の臭いが舞う、―暖炉の中で燻っている木の臭い、―水に漬かった花々、―踏み荒らされた遊歩道、―野原を通る運河の霧雨、―おもちゃも香も、どうしてもう無いのか?

x x x

 ぼくは鐘楼から鐘楼へと綱を、窓から窓へと花輪を;星から星へと金の鎖を張り巡らし、そしてぼくは踊る。

x x x

 高い池からは、絶え間なく霧が立ちのぼる。白い夕暮れの上にどんな魔女が立ち上がるのか? スミレ色のどんな新芽が降りてくるのか?

x x x

 公債が友愛の祭に流れ出る間に、雲の中ではバラ色の火の鐘が鳴る。

x x x

 墨の心地よい匂いを強めながら、黒い粉がぼくの夜の上に静かに舞い降りる。―ぼくはシャンデリアの灯りを弱め、ベッドに身を投げ出し、影の側に寝返りをうつと、君たちが見える、ぼくの娘たちが! ぼくの王妃たちが!

フランス語テキスト

翻訳:門司 邦雄
掲載:2002年4月26日、2020年10月7日


愛のパロディと花火


 ランボーのフランス語サイト( Arthur Rimbaud Le Poète )に出ていましたが、この二つの詩は時期が重なっていて1つの作品だと思えてきました。第1部と第2部を合わせて、1つのタイトルの作品になり、『イリュミナスィオン』にはタイトル無しの作品は無くなりました。
 実線(細かい波線)で区切られた第1部はヴェルレーヌとマチルドをパロディックに描いており、x x x で区切られた第2部はランボーの夢想が書かれています。

 まず第1部です。1872年7月、ランボーがヴェルレーヌの若妻マチルド(ランボーより1歳年上)よりヴェルレーヌを奪い、2人でブリュッセルに出奔します。ランボーは、マチルドとの恋愛をテーマとしたヴェルレーヌの詩のパロディーを作りました。第1・2節はヴェルレーヌと愛の対象としてのランボーのことが書かれます。特に第1節の最後の文はブリュッセル事件を暗示するようではっとさせられます。第3節はマチルドのことが書かれています。

 ヴェルレーヌのマチルドを書いた詩「よき歌」(1870年印刷)の「 XVII (17番)」第3節に「暗い林」という言葉があり、内容的にも類似性が感じらます。
 「言葉なき恋歌(ロマンス・サン・パロール)」(1874年印刷発行、一部1872年に「文芸復興 La Renaissance litteraire et artistique 」誌に掲載)の「忘れられたアリエッタ(小唄)」の「 IV (4番)」には「ふたりの子供になりましょう」という言葉があります。
 なお、「忘れられたアリエッタ」の I (1番)の詩は「それは…だ( C'est… )」という書き出しで始まります。ランボーの『イリュミナスィオン』の「眠れない夜 Veillées 」も同じ書き出しで始まります。


 第2部は、5つの断章からなります。「バラ色の火の鐘」は花火のことと取れ、7月14日革命記念日とする説もありますが 7月14日に制定されたのは1880年であり、それ以前にどの程度の祝祭が行われたのかは分かりません。1874年7月は、ランボーはロンドンに滞在していたので、この詩の書かれたのは72年あるいは73年となります。73年とすると、ブリュッセル事件直後となり、この詩の内容とは合わないように思えます。72年のベルギーの祭という説の方が、霧の田園風景と合っていると思われます。また、「シャンデリア(吊り燭台) lustre 」という言葉からもブリュッセルのホテルに滞在していたときと思われます。

 第1節は、7月のある午前の情景です。朝まで強い雨が降り、祭のために花で飾られた道は水浸しになりました。ホテルの部屋の暖炉に急いで薪をくべました。霧の多い故郷シャルルヴィルの冬を思い出します。「おもちゃ(複数)」は子供言葉の joujoux (ジュジュ)が使われています。
 第2節は、子供時代のクリスマスの飾りつけからの夢想でしょう。
 第3節は、『イリュミナスィオン』中の「「ノアの大洪水」の後」「少年時代 III 」との類似が指摘される節です。気温が急に下がると水温の方が高くなり、水面から湯気が立ち上ります。その情景と考えています。この「フラーズ」と「「ノアの大洪水」の後」は比較的近い時期に書かれた詩ではないでしょうか。
 第4節は、窓から見た祭の眺めでしょう。花火が曇り空の霧の中にバラ色の閃光とともに鳴っています。「友愛の祭り」は、やはり革命記念日の祭典を連想させますが、これは、ランボーの想像かも知れません。
 第5節は、夜になってベッドに横たわっているランボーが描かれています。「シャンデリア」といっても、ホテルのちょっとした「吊り燭台」なのでしょう。ランボーは壁の方に向いて、少年時代(シャルルヴィルでの子供時代)の夢想に戻っています。しかし、後期韻文詩編の「黄金時代」とは違って、シスター(妹、修道女)は出てこず、王女と娘が出てきます。
 
 ヴェルレーヌの子供っぽい愛欲の世界とランボーの子供の夢想の世界が対比された構成となっています。

解読:門司 邦雄
掲載:2002年4月26日、2008年10月30、2020年10月7日

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