イリュミナスィオン

Illuminations

Vagabonds
放浪者

 惨めな兄貴だ! なんと多くの無残な徹夜か、あいつのおかげで! "おれはこの計画に熱心に身を入れていなかった。おれはあいつのひ弱さをもてあそんでいた。おれの過ちで、おれたちは追放され、奴隷の身分に逆戻りかもしれない。" あいつは、おれを奇妙に不運で無垢な奴と思っていて、さらに不安な理由もいくつか付け加えた。
 おれは、いつもこの悪魔博士に冷笑しながら返事をしていたが、やがて、窓のところに行くのだった。おれは、奇妙な音楽のバンドが横切っていく田舎の向こうに、未来の夜の豪奢の幻を創造していた。
 なんとなく衛生的なあの気晴らしの後で、おれは藁マットに横たわるのだった。そして、ほとんど毎晩、眠ったとたん、哀れな兄貴は起き上がり、口は腐り、目玉は引き抜かれ、あいつはそんな夢を見ていたのだ!―馬鹿げた心配の妄想をわめきたてながら、おれを部屋に引っ張り出すのだった。
 おれは、実際、心から誠実に、太陽の息子の原始の状態に、あいつを戻す約束を引き受けていた、―そして、おれたちは、泉の酒を飲み、道々堅パンをかじり、彷徨っていた、おれ自身は、場所と方式を発見しようと焦っていた。

フランス語テキスト

翻訳:門司 邦雄
掲載:2003年4月26日


衛生的な気晴らし


 タイトル「放浪者 Vagabonds (複数)」は、放浪者、浮浪者という意味です。この詩の原稿は「大都会(1)」に続けて同じ筆跡で書かれています。この詩のモチーフが、ヴェルレーヌとランボーの放浪生活ということでは、多くの評家の意見が一致しています。
 ヴェルレーヌは1878年、シヤルル・ド・シヴリィへの手紙で「君も知っている御仁の『イリュミナスィオン』(彩色版画)と、ぼくが「悪魔的博士( Docteur satanique )」(これは本当ではないんだが)という身分で出てくる『地獄での一季節(地獄の季節)』を再読したが」と書いています(プレイヤッド版の解説より翻訳)。『地獄での一季節』の「*****」、「地獄の夜」、「不可能」で、ヴェルレーヌは「悪魔」「サタン(魔王)」と呼ばれています。この「放浪者」では「悪魔博士 satanique docteur 」と呼ばれています。

 この詩はヴェルレーヌとロンドンで生活していた頃の回想なのでしょう。「労働者」の過去形ヴァージョンでしょうか。「この計画」は、ランボーの見える者(見者)プロジェクトと思われます。「バンド bandes (複数)」は、フランス語の「帯」と英語のバンド(楽団)の二重の意味に使っていると取られています。具体的には、麻薬による幻視・幻聴と考えられます。「衛生的なあの気晴らし」とは、同性愛の行為のことでしょう。「太陽の息子の原始の状態」が、具体的に何を意味するのか、多様な解釈があります。エジプト、インカの太陽神、プラトンの「饗宴」、原始宗教など、様々です。ここでは、初期詩編からの男性的要素としての「太陽」が考えられます。「太陽の息子」という表現は、音楽に秀でていて、若い男性の守護神でもあった古代ギリシアの神アポロンの息子、あるいは『イリュミナスィオン』の「古代美術」に描かれた「牧神の息子」を連想します。「泉 cavarens (複数)」は、アルデンヌ地方の言葉で森の小さな泉(湧き水)のこととされています。「居酒屋 taverne 」と言葉を合わせて、水を「酒」と表現したのでしょう。次の「堅パン biscuit 」は、ビスケットの意味もありますから、悲惨な放浪生活を、ピクニック風に書き換えてみたのでしょう。最後の「場所」は詩を発表する場所、「方式 formule 」には「書式」「公式」などの意味もあり、詩の表現様式のことと思われます。

 今ではランボーとヴェルレーヌの、ロンドンでの放浪生活の資料となってしまったこの詩を、ランボーはどのような意図で書いたのでしょうか。見える者プロジェクトの放棄の報告書として、過去の確認と離別のために書かれたように思えます。シニカルで醒めた語り口には、ヴェルレーヌに対する皮肉な仕返しが感じられます。ランボーは、ヴェルレーヌとの同棲時代の証拠としてこの詩を書き、ヴェルレーヌに渡したのでしょうか。
 ランボーは1873年10月頃から1874年3月頃にこの詩を書いたと思われます。

ヴェルレーヌ29歳(左)とランボー18歳
1873年7月10日ブリュッセルにて
ブリュッセル事件当日に撮影された写真
29-year-old Paul Verlaine (left) and 18-year-old Arthur Rimbaud
July 10, 1873 in Brussels
Photo taken on the day of the Brussels incident
(画像は出所不明)

解読:門司 邦雄
掲載:2003年4月26日、2020年10月18日

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