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ランボー イリュミナスィオン

Villes

大都会(1)

 これが大都会だ! 夢幻のアレゲニー山地とレバノン山地が、とある国民のためにそびえ立った! 見えないレールと滑車の上を動く水晶と木の山小屋。銅の巨像とシュロに取り囲まれた噴火口が、火の中で美しい調べをとどろかす。恋の祝祭が山小屋の後ろに架けられた水路で鳴り響く。カリヨンの狩猟曲が峡谷に鳴り渡る。巨人の合唱団が峰の光のように輝く衣装と旗印で駆けつける。奈落の底の台の上ではローランたちが彼らの武勲を高らかに歌う。深淵に架けられた歩道橋と宿屋の屋根の上では、空の熱が柱を旗で飾る。至高の光栄の崩壊が、熾天使の女ケンタウロスたちが雪崩の間を動きまわる高地の野原に繋がる。最も高い稜線の上に、吹奏楽団の船団と、高価な真珠とほら貝のざわめきを乗せた、ヴィーナスの永遠の誕生で波立つ海、 ― その海は死の閃光でときおり暗くなる。傾斜面では、武器やカップのように大きな花の収穫がとどろく。赤茶色、オパール色の服を着たマブの行列が、谷底の道を登る。あの高いところでは、足を滝と茨の中に入れ、鹿がダイアナの乳を吸う。郊外の「バッカスの巫女たち」はすすり泣き、月は燃え、遠吠えをする。ヴィーナスが鍛冶屋と隠者の洞窟に入る。鐘楼の群れが民衆の思想をを歌う。骨で建てられた城が未知の音楽を流す。あらゆる伝説が進化し、熱情が町々に押し寄せる。嵐の楽園が崩壊する。野蛮人たちが夜の祭を踊りあかす。そして、濃密なそよ風の中で、仲間たちが新しい労働の喜びを歌っていたバグダッドの大通りの往来の中に私は一時間降りていた、戻るべき山々の寓話の幽霊たちを避けることができずに歩き廻りながら。
 どんな優しい腕が、どんな美しい時間が、私の眠りと私の最も小さな動きも生まれてきたこの地域に、私を連れ戻すのだろうか?

フランス語テキスト

翻訳掲載:2002年11月3日


輝く大都会

 この詩のタイトル「大都会(II)」はフランス語では「 Villes 」、つまり「町 ville 」の複数です。そのため、しばしば「町々」、「街々」と訳されています。しかし、日本語の「町」は、都市より小さな町、あるいは、都市の一区画のイメージですが、フランス語の「 ville 」には「都市」、「都会」という意味もあります。私は、ランボーはここで、無定見に広がっていく重層的な構造をした近代の大都市、おそらくは当時のロンドン、今では、たとえば東京のような大都市をイメージしたと考え、建造物だけでなく文化も含めた言葉として「大都会」と訳しました。「イリュミナスィオン」中に同じタイトルの詩が2つあるので、ランボーはこの詩のタイトルの下にⅡという数字をふり、それを線で抹消しています。始めは、もうひとつの大都会(I)と同じタイトルでひとつにまとめる(たとえば「人生」のように)意図だったと考えられます。
 地方都市シャルルヴィルで育ったランボーは、文化と産業の中心としての大都会にあこがれ、パリの文壇でのデビューを夢見ていました。さらにパリ・コミューヌは、ランボーに未来の都市の可能性を見せました。ランボーは見者となり、ヴェルレーヌの招きでパリに出、やがてヴェルレーヌとロンドンに渡ります。思想と文化では当時のヨーロッパ、いや世界のの中心であったパリではなく、産業、貿易、金融の中心であったロンドンにランボーは新しい都市を見出しました。この都市は多くの悲惨な労働者を抱えながらも未来に向かって、世界の植民地に向かって限りなく拡大していく都市でした。見者の挫折を越えて、ランボーが新しい歩みを進める「地獄での一季節」の「永別」の「輝く大都会」、この「燃える忍耐」の、つまり未来の「大都会」を描くことは、詩人ランボーの最後の「仕事」として「イリュミナスィオン」の「青春時代 Ⅳ」に予言されました。
 この詩は都会のビルに囲まれた広場を、高い階か屋上から眺めた映像をアレンジしたように見えます。また、神話的な風景は空や雲などから想を得ていると言われています。現実の大都会の動く風景と神話の世界が重なって描かれています。ひとつひとつのイメージは読者がそれぞれに想像する詩だと思います。たとえば、「山小屋 chalets (複数)」はケーブルカーとする評家もいますが、高架の鉄道かもしれません。ベンヤミンのパサージュ論の中に「最初の鉄道駅がシャレー〔スイス風山小屋〕の外観をとる…」(ベンヤミン著/今村仁司・三島憲一訳/岩波書店)という箇所があり、鉄道の駅も含めて表現しているようにも思えてきます。以降、分かりにくい言葉のみ注釈します。
 「アレゲニーの山々」は、かってはアパラチア山脈の全体の呼称でしたが、今はメリーランド州など4つの州にまたがる一部分の呼称です。かってはアメリカの東部と西部を遮る山地でした。北西側が緩斜面で南東側が急斜面で石炭の埋蔵量が豊富です。アレゲニー越えの道が開拓されることにより西部開拓が進みました。「レバノン山地(山脈)」はレバノンの西側を南北に走る山地で、3000メートル以上の山もありスキー場もあります。中央がベカー高地(高原)で、その東側(シリア側)にはレバノン山地と平行して走るアンティレバノン山地があります。ベカー高地にはかって古代フェニキアの都市国家があり、現在でも神殿などの遺跡が残っています。バッカス神殿、ヴィーナス神殿も遺されています。この地域は両側を山に囲まれていたため、外の国からの支配を受けにくい地域としても知られていました。カリヨンは音程の違う鐘を幾つも組み合わせて演奏する組鐘のことで、機械仕掛けのものもあります。ローランは「ローランの歌 La Chanson de Roland 」のことで、11世紀に成立したフランス最古の叙事詩で作者は不明。シャルルマーニュ大帝の甥ローランがサラセン軍の襲来に最後まで踏み止まって戦死する武勲(史実)を描いています。ケンタウロスはギリシア神話の上半身が人、下半身が馬の半人半獣です。「マブ」はおとぎ話の妖精の女王。シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」などに登場します。
 最後の締めくくりの言葉「どんな優しい腕が…」を読むと、今では神話の中の世界となってしまったこの都市に、かっては「優しい腕」の人と手をとりあって訪れたのでしょう。それはヴェルレーヌとともに初めて訪れたロンドンの思い出なのでしょうか。

解説掲載:2002年11月3日

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