初期詩編
メイド服を着たマジシャン助手
2008年9月、平谷雄輝シャンソンライブにて
Assistant Magician in Maid Clothes, Photo : Kunio Monji
@ Yuki Hiraya Chanson Tokyo Live, September 2008
ニスとフルーツが甘く香る
茶色の食堂に、くつろいで
ぼくは大きな椅子に伸びて座って
なにやらベルギー料理をパクついていた。
食べながら大時計を聴いていた、―静かに、幸せに
すると一陣の風とともに厨房が開いて
―ウェイトレスがやってきた、なんでかな、
スカーフ半分はだけて、お茶目なヘアスタイルで、
ピンクと白の桃のようなビロードの頬を
震えている小さな指でなでながら、
子供っぽい唇をとんがらせて。
ぼくのすぐそばで、食べやすいようにお皿を並べ直してくれた;
―それから、―きっと、キスして欲しいのさ、―こう、小声で、―
「ねぇ、触ってみてぇ、ほっぺがちょっと風邪ひいちゃったのぉ…」
シャルルロワ、(18)70年10月
フランス語テキスト
翻訳:門司 邦雄
掲載:2008年10月7日
桃のほっぺ
この詩の日付と地名からも、「夕方5時、みどりの酒場にて」のヴァリエーションの詩です。別のお店での体験なのか、「夕方5時、みどりの酒場にて」から詩想をふくらませた詩なのかは、分りません。
ニスは、昔の油性のニスでシンナーではなく不揮発性の柔らかい匂いを発しているのでしょう。それに果物の香りが混ざっています。分りやすいように「甘い」と付け加えて訳しました。「夕方5時、みどりの酒場にて」で使われた「半分 moitie 」という言葉がランボーの気に入ったのか、この詩でもウェイトレスのスカーフが半分はだけているというところで使用しています。「スカーフ fichu 」は、今ではネッカチーフや襟飾りのレース(付け襟)の意味で使われますが、 本来の意味は絹などで出来た正方形の布で、三角形に二折にして使う布のことです。ウェイトレスのネッカチーフとも読めますが、続く描写から、スカーフと取りました。下のサイトに絵がありますので、ご覧ください。
http://www.flickriver.com/photos/havala/3974406779/
私がスカーフと訳したのは、まず食堂で働いている女性だから、頭髪が落ちないようにスカーフと考えました。次に、いたずらっぽく髪を整えたという意味の描写が来ます。スカーフをズラして、ヘアスタイルを見せたいのではないかと考えました。なお、髪を整えた coiffe という言葉には、被り物をしたという意味もあり、スカーフを変ったスタイルで着けていると読むこともできます。当時のウェイトレスの絵や写真を見つけることができれば、もっとイメージがつかめると思いますが。
この詩では、「夕方5時、みどりの酒場にて」の生ハムのピンクと白の色彩が、桃のピンクと白に置き替えられて、もっと直接的に女性の頬の比喩として使われています。この比喩により、フルーツの香りと女性の香りを混じらせています。
「いたずらっ娘」の最終行は、動詞 sentir (感じる)の2人称単数の命令形です。直訳すれば「感じてみて」となります。命令形の次は、「だから donc : 」と続いて、理由が述べられますが、風邪をひいた prendre froid は、ベルギーのアルデンヌ地方の用法で、prendre une froid となっています(ジャンコラ注)。「いたずらっ娘」は、「夕方5時、みどりの酒場にて」のウェイトレスより積極的です。今風に言えば「ちょぃ悪むすめ」というタイトルかも知れませんね。
さて、ベルギーはシャルルヴィルから比較的近い異国ですが、野菜・果物・ビールの名産地でもあり、ランボーの時代から食材の豊かなところだったのでしょう。小ぶりでちょっとねっとりまったりした味のサラダ菜、マーシュもランボーの詩に出てきます。フランス料理に欠かせないベルギー産のエシャロットは、タマネギを小さくすらっとさせた形です。芽キャベツは、ブリュッセルのキャベツ chou de Bruxelles 、英語も Brussels sprout です。ベルギーはビール、ジャムの産地としても有名です。
解読:門司 邦雄
掲載:2008年10月7日、2014年1月15日リンク更新
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