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ランボー 初期詩編

Qu'est-ce pour nous, Mon Cœur...

(おれの心よ、それがどうした・・・)

おれの心よ、それがどうした、血と火の海が
夥しい殺戮が、怒りの長い叫びが
全ての秩序をひっくり返すあらゆる地獄の
嗚咽が、屍の上をまだ吹く「北風」が

さらに、あらゆる復讐? 無駄だ!・・・ ― だが、
いまでも、おれたちは望むのだ! 産業、領主、議会、
消え失せろ! 権力、正義、歴史、くたばれ!
これはおれたちの努めだ。血だ! 血だ! 金の炎だ!

さあ、戦いだ、復讐だ、恐怖政治だ、
おれの精神よ! 傷口の中をのたうち回れ:
さあ、消え失せろ! この世の共和国!
皇帝、軍隊、植民、国民、うんざりだ!

おれたちや友と思う奴らの他に、
だれが猛り狂う火の渦を掻き立てるんだ?
手伝ってくれ! 空想家の友よ:お願いだ。
おれたちは絶対に働かないぞ、おお、火の波だ!

ヨーロッパ、アジア、アメリカ、消え失せろ。
おれたち復讐の行進が、町も村も、
みんな占拠したぞ! ― おれたちは鎮圧されるんだ!
火山は吹っ飛ぶぞ! 海は殴られるぞ・・・

おお! 友よ! ― ねえ君、確かに、あいつらは兄弟だ:
見知らぬ黒人奴隷よ、おれたちも行けたら! 行こう! 行こう!
おお、不幸だ! おれは震えているぞ、古い大地が、
だんだん君たちに近づいているおれの上に襲いかかる、

何でもないさ! おれはここだ! いつもここだ。

フランス語テキスト

翻訳:2014年8月30日、2015年3月4日
翻訳掲載:2015年3月7日


幻のアメリカ

 自棄糞(やけくそ)風なこの詩は、初期詩編から詩の技巧に秀でていたランボーらしくない詩という印象でした。今、改めて再読して、やはりランボーの詩として、粗野ながら相応の技巧をこらしてあると見直しました。この詩は、原稿がひとつのみで、誰か他の詩人に送られたり、筆写されたりはしていません。ランボーは、敢えてこの詩を出そうとしなかったとも思われます。なお、この詩もアレキサンドラン(12音綴)で6聯書かれていますが、最後に追加1行(9音綴)の破格があります。この詩がいつ書かれたのか、パリ・コミューンの後とされてはいますが、すぐにではなく、1872年の始め頃という説もあります。韻文詩とはいえ、『イリュミナスィオン』のスタイルに近いという意見もありますが、内容的には、『地獄での一季節』に近い面があるように思います。

 この詩のテキストを調べ直した時に、最新のテキストが掲載されているフランス語サイト Arthur Rimbaud Le Poète で確認しました。第1聯・1行目、中程挿入の「おれの心 mon cœur」が、大文字の Mon Cœur になっています。手元にあるテキストでは全て小文字です。なお、第6聯・1行目の mon cœur は小文字です。mon cœur(私の心)は、ごく親しい者に呼びかけ的に使われます。第6聯では、この意味で使われたと考えます。冒頭の行の Mon Cœur は大文字で、第3聯2行目行頭の Mon esprit を引き出しています。つまり、心情と精神という表現でしょう。1871年5月、パリ・コミューン陥落直前に、ランボーが教師イザンバールに宛てた「見者の手紙」には、「処刑された心臓 Le cœur supplicié」という詩が載っています。ヴェルレーヌ宛には「盗まれた心臓 Le Cœur volé」というタイトルになりました。心臓 cœur はこの詩の「心 cœur 」と同じ言葉ですので、大文字で書かれたのであれば、この詩の「心」には、「盗まれた心臓」の流れが反映されているのではないでしょうか。大文字をランボーの手書きの原稿で確認したかったのですが、手元にある手書き原稿写真版には載っていませんでした。フランス語サイトによると、この詩の原稿は個人蔵だそうです。ランボーはパリ・コンミューンの時の「見者の手紙」で、「私は他者だ」と宣言していますし、他の手紙の末尾には「冷酷な(心の無い)ランボー」とも署名しています。この詩で、心 Cœur と精神(頭) esprit が対比されているのは興味深いです。やがて『地獄での一季節』の締めくくりの詩「永別 Adieu」の末尾では、ヒトは、心でも精神でも無く、魂 âme と肉体 corps の所有を許された存在と表現されます。

 この詩がパリ・コミューン陥落後の光景とランボーの心情を語っていることは、直ぐ分かります。第5聯になるとアメリカと言う言葉が出てきます。第6聯・2行目行頭の「黒人奴隷 Noirs」と訳した黒 noir は、大文字で始まるとアメリカの黒人奴隷という意味になります。行頭なので大文字で特定の意味かどうか分かりませんが、いわゆる黒人は、ニグロ nègre が一般的だし、ランボーが『地獄での一季節』を書き出した頃のタイトル候補は「黒人の書 livre nègre」または「異教徒の書 livre païen」でした。『地獄での一季節』の文中にも nègre という言葉が出てきます。この詩では、第5聯にアメリカという言葉もあり、黒人奴隷という意味を強調したかったのではないかと思いました。アメリカの南北戦争での奴隷解放宣言は1862年(1部)・1863年(2部)で、ランボーの子供時代のことです。ランボーはパリ・コミューンと共通する開放と自由を見ていたのでしょう。第6聯の「古い大地 vieille terre」という言葉には、新大陸に対するヨーロッパ大陸とコミューンに対するフランス政府いう意味が重ねられているように感じます。この詩に書かれた新大陸アメリカは、後に「酔っぱらった船(酔いどれ船)」の舞台になりました。であれば、この詩はパリ・コミューンが陥落して少し落ち着いてから、ランボーがヴェルレーヌの招きでパリに出る間に書かれたのではないかと考えています。最後に追加された1行で、すべては夢と消え、何もできない現実が露呈します。そこに『イリュミナスィオン』と共通するスタイルを見ることもできます。

解読掲載:2015年3月7日

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