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ランボー 地獄での一季節

「地獄での一季節」解題

 タイトル「地獄での一季節」はフランス語では「 Une saison en enfer 」です。「地獄の季節」と訳されることが多いです。しかし、「地獄の季節」という意味であれば「 Saison d'enfer 」になると思います。ただし、「 d'enfer 」はそれだけで「地獄のような」という意味になってしまいますから、「 de l'enfer 」「あの地獄の」と定冠詞を付けるかも知れません。「一」あるいは「とある」という不定冠詞「 une 」は、この季節が特定のものではないということをランボーなりに強調したかったのではないでしょうか。私はあえて直訳的に「地獄での一季節」と訳してみました。
 1871年、ランボーは見者の詩論をたずさえ、ヴェルレーヌの招きでパリに出ます。二人は同性愛の関係となり、ベルギー、ロンドンと放浪しますが、収入も無く、ヴェルレーヌの妻、マチルドの別居・財産分割請求、パリ・コミューヌ関係者への警察の追求などもあり、二人の生活はだんだん困難になっていきます。1873年4月、ヴェルレーヌはベルギーに行き、残されたランボーはロッシュの実家に戻ります。(詳しくは年譜を参照してください。)
 ランボーは自らの陥った状況を捉えなおし、打開するために新しい作品を企画します。1873年5月、ランボーは友人ドラエーに手紙で「ぼくは、「異教徒の書」か「黒人の書」という総タイトルとなる短い物語を書いているんだ。これは獣と無垢なんだ。おお、無垢! 無垢、無垢、無… 災難だ!」と書いています。獣 bete を愚かさと読むこともできますが、ここでは、続く無垢 innocence とともに、原罪を負わされていないという意味だと思います。無垢を無邪気と訳されることもありますが、日本語としては無垢が妥当と思います。この手紙の終わり近くに、「ぼくの運命はこの本にかかっているんだが、まだ、あと半ダースも無残な物語を作らなくてはならないんだ。ここで、どうやったら無残なやつが作れるんだ? もう3つは書いたんだけれど、君にはこの物語は送らないよ。お金がかかりすぎるからね! まあ、そういうことだ!」と書かれています。この既に書かれた3つの物語が何かについては、様々な説があります。しかし、この「異教徒の書」「黒人の書」というタイトルから連想されるのは、「地獄での一季節」の中の「悪い 血筋」でしょう。「悪い血筋」のどの3つかということについても、幾つかの説があります。
 ランボーは1873年5月に再びヴェルレーヌとロンドンに行きますが、二人の関係は険悪になり、7月には別れ話がこじれてヴェルレーヌがランボーの左手首をピストルで撃つ、いわゆる「ブルュッセル事件」が起こります。ヴェルレーヌは逮捕され、ランボーは入院後、ロッシュの実家に戻ります。8月、ランボーは実家の納屋で「地獄での一季節」を書き上げます。「地獄での一季節」の9篇の詩のうち、どれがブリュッセル事件の前に書かれたのかについても、様々な説があります。
 「異教徒の書」「黒人の書」として、最初に企画・執筆された段階では、タイトルからも分るように、フランスのキリスト教社会の中で、「愚か」で「無垢(宗教に染まっていない)」な自己の生きる道を、文学空間の中で捜し求めることがテーマだったと思われます。しかし、事態の進展から、「見者」あるいは「詩人」の清算というテーマに発展し、「見者」の「地獄の伴侶」であるヴェルレーヌとの関係の清算もテーマに加わり、「地獄での一季節」として書き上げられたと考えられます。「序文(*****)」では、「地獄での一季節」を「サタン」、つまりヴェルレーヌに見せるということが書かれ、最後の「永別」には、「友の手」、つまりヴェルレーヌの手を捨てることが書かれています。
 ランボーは「地獄での一季節」で、自らの思想を肉声のドラマとして定着することを試みたように思われます。ランボーが唯一自ら印刷した詩集ですが、見本を友人に寄贈しただけで、印刷代不払いで未出版に終わりました。

2002年1月22日

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