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ヴェルレーヌ

Il faut ...

(そうですとも…)

そうですとも、いろんなことが許されなくては。
そうすれば、私たちはほんとうに幸せになれる、
人生が不機嫌な時々になったら
私たちはふたりの泣き虫になってしまいませんか?

私たちを追い出した冷たい忘却の中で、
人々から遠く離れた子供っぽい喜びを
私たちは良く似た魂ですもの
当惑した希望に混ぜてしまいましょう!

ふたりの子供になりましょう、何もかも忘れて、
許されることさえ知らずに
クマシデの下に青ざめに行く
びっくりした、ふたりの女の子になりましょう。



この詩は、ヴェルレーヌの「言葉のない恋歌(ロマンス・サン・パロール)」の「忘れられたアリエッタ」のⅣです。この「恋歌(ロマンス)」は、元々はロマンス語で書かれた物語という意味でついた名前の文学の一ジャンルで、フランスで抒情的な歌曲として発達したそうです。また、アリエッタ(イタリア語、この詩ではフランス語のアリエット ariette)は Larouse に、可愛らしい短いメロディーでイタリア語のアリエッタに当たるものと解説されています。ヴェルレーヌは「言葉のない恋歌」つまり「歌詞の無い歌」で「忘れられたメロディー」を詩にしたのでしょう。「忘れられたアリエッタ」は、「忘れられた小唄」とも訳されています。なお、Ⅲは堀口大學の名訳で有名な「町に雨…(巷に雨…)」の詩です。
この詩の「あなた」はランボーのことでしょう。第3節の2行目 Eprises de rien et de tout etounees で、et 以下を de rien と同格になっていると読むこともできますが、etounees(びっくりした)が tout にかかるとは性と数の不一致で考えられず、etounees は前の行のjeunes filles(女の子(複数))にかかると取りました。ヴェルレーヌは rien de tout(全く…ない、否定の強調)を rien et de tout と言い換えたと思われますが、理由は分かりません。この同性のカップルは、ヴェルレーヌとランボーという同性愛者のカップルの言い換えとされています。
「クマシデ charmilles(複数)」は、クマシデの潅木あるいは苗木で、垣根に使われます。この垣根で囲まれた並木道やあずま屋も意味するようです。クマシデの木は charme で、別な言葉として英語のチャームと同様に、魅力、魅力的な体などの意味があるので、この詩では同性愛の魅力の虜になるという裏の意味を持たせて使われたと思われます。

2002年4月26日
門司 邦雄

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